テクノロジーを取り入れることで保険の常識を変えようと立ち上げられた「DX valueシリーズ」。
同シリーズを代表する4つの商品の開発や運営に携わる6人に話を聞いた。

オープンイノベーションで商品を開発

三井住友海上は2021年4月、保険の提供価値の変革を実現するサービス「DX valueシリーズ」を立ち上げた。保険本来の機能である、経済的損失に備える補償に加え、DXを活用することで、事故・災害を未然に防ぐ機能や被害を小さくし早期復旧を支援する機能を付与する、補償とサービスが一体となった商品だ。商品・サービス企画部企画チームの吉野篤史がその狙いについて説明する。

吉野篤史

吉野

「従来の保険商品は、基本的には事故や災害が起きた際の経済的な損失に対し、金銭で補償することが目的です。しかし、お客さまは災害や事故で被害を受けてしまったら、その後にいくら金銭を補償されても、心の底からはご満足いただけません。そもそも災害や事故の被害に遭わないほうがいいわけです。
最近ではデジタル技術が進展し、スタートアップをはじめ他社とのオープンイノベーションにより、自社で開発をしなくても素晴らしい技術が使える世の中になりました。そういったテクノロジーを駆使し、保険とDXを組み合わせることで、補償だけでなくその前後の行程でもサービスを提供していくのが『DX valueシリーズ』です。例えば事故を未然に防ぐ機能や、万が一事故が起こってしまった場合に早期復旧を支援する機能を提供することで、より安心・安全な社会の実現に貢献できるのではないかという発想からそのコンセプトがつくられました」

自動車保険の常識を覆す「見守るクルマの保険」

そんな「DX valueシリーズ」の基幹商品ともいえるのが、同シリーズの立ち上げ前の19年に販売を開始した「見守るクルマの保険(ドラレコ型)」だ。オリジナルの専用ドライブレコーダーを提供し、それに搭載された安全運転支援アラート等により、事故を未然に防止。さらに事故発生時には専用の安否確認デスクにつながり、救急車の出動手配や事故受付を迅速に行う、事故緊急自動通報サービス等を提供する。

自動車保険本来の役割である「相手への賠償」「自身の損害の補償」に加え、事故を未然に防ぐことや早期解決を支援することで、快適なモビリティ社会の実現に貢献する画期的な商品だ。

自動車保険部テレマティクス管理チームの石川七瀬が特徴を説明する。

石川七瀬

石川

「事故を未然に防ぐにはどういうアラートを入れたらいいかという点に注力しました。一般のドライブレコーダーでも、前方との車間距離が近かったり車線をはみ出したりすると、それらを知らせてくれますが、事故のデータをもっている保険会社ならではのアラートを出すことにこだわり、バリエーションを増やしました。
例えば近年では、高齢者の方が高速道路を逆走したことによる事案が注目されているため、お客さまの位置情報を取得することにより、逆走に対してリアルタイムでアラートを発信する機能を付けました」

お客さまからはアラートのおかげで助かったとの声が多く寄せられているという。
20年1月にはフリート契約者向けに「F-ドラ」もリリースした。

石川

「『見守るクルマの保険(ドラレコ型)』のノウハウを利用しつつ、より企業の安全運転推進に活用できるように、顔認証機能やわき見・携帯電話通話・居眠りを検知しアラートするなどの機能を追加しました。また、検知した危険と認識された運転は、お客さま用のポータルサイトで確認できるため、具体的な運転指導を行うことも可能で、サービスご利用者さまからもご好評いただいています。21年1月には、あおり運転の疑いの検知機能も追加しており、道路交通法の改正に対応しているところも魅力の一つです」

社用車の台数が増えれば増えるほど、事故に遭う確率は高くなる。事故が増えれば当然、保険料も比例して上がる。事故を減らしたいと悩んでいる事業者は少なくなく、そうした企業の課題も解決する。

個人向けの商品もブラッシュアップし、22年1月に「見守るクルマの保険(プレミアム ドラレコ型)」(以下、「プレドラ」)をリリースした。それにも多くの機能が追加された。従来のドラレコでは、事故の衝撃を検知すると安否確認コールがオペレータからかかってくる仕組みになっているが、プレドラでは、「緊急通報ボタン」を押すことで、事故でなくてもオペレータと通話することができる。

また、従来のドラレコは後方を録画することができなかったが、プレドラでは前後広角のカメラを採用したことで、360度の撮影が可能となった。さらには駐車監視機能を搭載し、駐車中に車両に衝撃があった場合に知らせてくれる。

石川

「プレドラには、お客さまから寄せられた多くの声を取り入れました。それらを検証したうえで実装し、バージョンアップさせていったのです」

それは簡単な作業ではなく、試行錯誤を繰り返すことで商品が完成したと、同チームの原田美咲は振り返る。

原田美咲

原田

「メーカーに『こういう機能を取り入れたい』という思いを伝えるものの、それを本当に実現できるのかわからなかったので、開発は簡単ではありませんでした。実現できるにしても、どこまで正確に作動し、正しい反応がなされるかといった細かい部分を詰める作業は、リリースのギリギリまで行っていました」

そうした妥協のない開発によって、安心・安全を届けるサービスが生まれたのだ。

予防から補償、回復までサポートする「健康経営支援保険」

「DX valueシリーズ」では、ほかにもさまざまな商品が誕生している。その一つが「健康経営支援保険」。企業向けに、従業員の健康管理アプリと就業不能時の補償を組み合わせた商品だ。ケガや病気により働けなくなった場合の収入を補償する「万一の補償」に加え、「予防(アプリ)」「コンサルティング」の3つの機能を提供し、予防から補償、回復までを一貫して提供する。有事の際に機能するだけでなく、平時にも役立つ商品にすることで、社員の健康増進、生産性向上を通じた企業価値の向上にも寄与。保険の提供価値変革につなげるのが狙いだ。

きっかけは16年にさかのぼる。火災傷害保険部傷害保険チームの横尾昌弘がその経緯を説明する。

横尾昌弘

横尾

「データを活用して新しい保険商品をつくろうという、次世代開発推進チームが社内で立ち上がりました。スマートフォンが普及し、いろいろなシチュエーションでデータを取得できるようになってきたので、データ利活用型の新しい保険を開発しようと模索していたのです。そのなかの一つにヘルスケアがありました。
健康維持や生活習慣の改善を目的に、日々の生活をトラッキングして予防医療につなげる取組への研究開発が、当時すごく増えていました。保険は元々、医療分野とは比較的近いところにありますので、その手前のヘルスケアビジネスでデータを活用する取組と保険をミックスしてみようと考えたのです。予防医療につながるようなサービスに加え、万一、体調を崩したら保険が補償をする。普通のヘルスケア事業者には開発できない商品を提供できると考えたのです」

アプリの開発を担ったのは、東京大学センター・オブ・イノベーション(COI)だ。AIによって健康診断データ等の情報から将来のリスクを算出し、それをわかりやすく案内する機能や、運動・睡眠・食事等に関する行動変容を促す機能等が搭載されている。

横尾

「日本では、毎年健康診断を受けますが、その数値からちゃんとリスクに気づいてもらうことが重要です。アプリが『いまあなたはこんな状態だけど、このままの生活習慣を続けていくと顔がむくみ、肌がボロボロになってしまう』といったかたちでリスクを自分ごと化させ、『あなたはこういう生活習慣に変えたほうがいいですよ』とアドバイスをしてくれるのです」

ただし、いくら企業が導入しても、すべての従業員が健康に関心があるわけではなく、アプリを真面目に利用しない人も一定数いる。それに対する対策も同サービスでは用意している。

横尾

「従業員には個人差があり、全員がアプリを見て生活習慣を見直すのは難しいですが、会社として従業員の背中を押してくれるようなインセンティブを用意することができれば、健康への意識は高まるはずです。それを促すために、アプリを毎日使っていただいたら翌年の保険料を割り引くという設計にしています」

「健康経営支援保険」は21年にリリースされると、コロナ禍の影響もあり、企業から多くの関心が寄せられた。健康経営に力を入れている企業に積極的に導入されており、アプリを通じて健康経営促進をサポートしている。

これからの時代に不可欠な「見守るサイバー保険」

「DX valueシリーズ」のなかでいま最も旬なのは、サイバー攻撃に備えるために22年1月に本格リリースされた「見守るサイバー保険」だ。パソコン等の端末でのウイルス感染のリスクを低減させるセキュリティサービス「防検サイバー」と、万一の事故発生時に必要となる費用等を迅速に支払い、経済的損害を最小限に抑えるサイバー保険「サイバープロテクター」を一体化したパッケージ商品だ。新種保険部サイバー・ビジネスリスクチームの須田峻史が開発の経緯を語る。

須田峻史

須田

「自動車分野以外にも新しい商品を販売できないかという話が以前から社内でありました。近年、サイバー攻撃による事故が増えていることからサイバー保険に白羽の矢が立ち、20年に検討を開始したものです。
元々経済産業省が旗振り役となり、中小企業のサイバーセキュリティ対策支援に関する実証事業が行われていて、当社もMS&ADグループとして参画していました。そのときにMS&ADグループが検証に活用したサービスが『防検サイバー』という商品なのです。当時から、中小企業にセキュリティ商材の導入を進めることが日本全体の課題だという認識が、当社にもありました。その課題の解決にマッチした商品ということで、開発に着手したのです」

同チームの安井綾菜が中小企業の課題について指摘する。

安井綾菜

安井

「サイバー攻撃を受けたというニュースは大企業に多いのですが、実際には中小企業も狙われていますし、中小企業がサイバー攻撃を受けたことで、取引先である大企業にまで被害が及んだという事例もあります。ところが、多くの中小企業がセキュリティ対策を十分に講じていないという現実があります。事故が起こった際に、どこに連絡していいかわからないし、何をしていいかわからないのです。しかし実際に事故が起きたときには、初動対応によって被害の規模は変わってきます。
『サイバープロテクター』では事故時に専門事業者紹介サービスが受けられ、自身で一から業者を手配する場合と比較して、迅速に業者へ事故の原因調査を依頼することが可能となります。事故を未然に防ぐだけでなく、事故が起きた際に被害の拡大を防ぐ。『見守るサイバー保険』は、サイバー事故対応の最初から最後まで、ワンストップでサービスを提供できるのです」

「防検サイバー」は、パソコン等の端末ごとにインストールして利用するセキュリティソフト(EDR)で、端末のウイルス感染の有無をリアルタイムに監視する。万一ウイルスが侵入してきた場合は、ウイルスを隔離し、アクセスログを保全する。それにより、ウイルス感染によるデータの漏えいや消失等のリスクを低減させることができるのだ。

安井

「ウイルス対策ソフトは存在がすでに確認されているウイルスしか防げないので、それだけでは不十分です。かといって会社のセキュリティをガチガチに固めるのは、お金も時間もかかる。各従業員が使用している端末自体を守ることが、セキュリティ対策として最も効果的なのです」

「見守るサイバー保険」で補償対象となるのはサイバー攻撃だけでない。22年6月に尼崎市で起きたUSB紛失騒動のような、物理的原因による情報漏えいにも対応する。第三者に対する賠償責任だけでなく、弁護士に相談する際の費用や調査費用も補償の対象となる。セキュリティ商材に無償で付帯されている保険と比較して補償の厚さが特徴だと須田は胸を張る。

須田

「ウイルス対策ソフトなどを購入した際に、おまけのようなかたちで補償が付いてくる、いわゆる商品付帯形式の保険も存在しますが、補償金額が一般的に少額です。また、従来の商品付帯形式の保険では、当社としては事故発生後の保険金支払いの場面でしかお客さまとの接点がもてず、事故の発生や被害拡大を防ぐといったサポートができないもどかしさがありました。それが、セキュリティソフトと保険を組み合わせることで、事故発生自体の防止、事故発生時の被害拡大防止の双方についてもサービスで提供できますし、第三者への賠償に関してもしっかりサポートできます。これは、知見と実績のある当社にしかできないことだと考えています」

正式に販売を開始したのは22年1月だが、企業の反応は上々だ。

須田

「毎月コンスタントにご契約をいただき、半年ほどで90件近くの成約となっています。ご相談はその倍以上受けているので、企業のなかでも関心が高まっていることを実感しています」

サイバー保険は、保険のジャンルとしては新しく、まだそれほど普及していない。須田は、今後の市場の成長を期待する。

須田

「サイバー空間でのリスクはゼロにはできないので、どれだけお金をかけてセキュリティを固めても、ウイルスが穴をすり抜けてくるリスクやヒューマンエラーリスクは残ります。万が一の事故に備え、保険に入っておくのが企業のセキュリティ対策として必須なのです。ところが日本では、10%前後の企業しかサイバー保険に加入していないといわれています。自動車保険や火災保険と比べるとまだまだ低いので、サイバー保険が当たり前の存在になるよう、普及させたいです」

社会課題解決を目指す「DX valueシリーズ」

これまでの保険にはなかったサービスを立て続けにリリースする「DX valueシリーズ」は今後、どのように発展していくのだろうか。前出の吉野は言う。

吉野

「いまはいろいろなメーカーや大学等と組み、さまざまな分野のオープンイノベーションに取り組んでいます。例えば洋上風力発電設備の異常を検知するシステムの実証実験も行っています。そうした業界にこだわらないサービスをどんどん増やしていきたいです。
また、今後は、事故や災害だけでなく、もっと幅広い課題への対応も視野に入れて展開していきます。例えば、気候変動もその一つで、自然環境の回復を後押しするような取組をしていく。『DX valueシリーズ』がそうした社会課題の解決に資する広がりを見せられればいいと考えています」

吉野篤史 ATSUSHI YOSHINO

商品・サービス企画部 企画チーム 課長 2004年入社
営業、損害サポート、海外研修を経て、持株会社に出向。
総合企画部(現:デジタルイノベーション部)にて海外スタートアップとのオープンイノベーションに従事。
2020年より現職にて商品・サービス本部全体の戦略・企画立案や推進の役割を担う。

石川七瀬 NANASE ISHIKAWA

自動車保険部 テレマティクス管理チーム 課長 2004年入社
12年間、損害サポート業務に従事した後、シンガポールでアジア各国の自動車保険商品の開発サポートを経験。
2017年より自動車保険部企画開発チームにて、「見守るクルマの保険」の開発に携わり、21年より現職にて同保険およびコネクト専用保険の保守の開発・運営を担当。

原田美咲 MISAKI HARADA

自動車保険部 テレマティクス管理チーム 主任 2015年入社
東京でのリテール営業を経て、2021年に自動車保険部・企画開発チームに異動。
現在は、テレマティクス管理チームにてドラレコ型やコネクトの領域に携わり、主に「見守るクルマの保険」の保守、「F-ドラ」の新機能開発や保守・運営を担当。

須田峻史 TAKASHI SUDA

新種保険部 サイバー・ビジネスリスクチーム 主任 2016年入社
入社後、京都の保険金お支払センターで自動車事故の対応業務を担当。
2019年に新種保険部に異動し、「DX valueシリーズ」新たな領域であるサイバー保険の開発・運営に携わる。
22年より、「見守るサイバー保険」の開発・運営・販売促進等全般を担当。

安井綾菜 AYANA YASUI

新種保険部 サイバー・ビジネスリスクチーム 担当 2019年入社
損害保険を通じて、企業のチャレンジや成長をサポートしたいという動機から新卒採用で入社。
入社後は、新種保険部にてサイバー保険の引受・開発・営業推進等に携わる。
2022年より「見守るサイバー保険」の運営・販売促進等を担当。

横尾昌弘 MASAHIRO YOKOO

火災傷害保険部 傷害保険チーム 課長 2004年入社
リテール営業、自動車保険部、企業営業に従事した後、2017年に商品企画部・次世代開発推進チーム(当時)に異動。
「健康経営支援保険」の開発を担う。
21年より現職にて、「健康経営支援保険」の運営・営業推進に加えて、傷害保険分野の新商品開発、営業推進活動も担当。

text by Fumihiko Ohashi | photographs by Shuji Goto | edit by Yasumasa Akashi
大橋史彦 = 文 後藤秀二 = 写真 明石康正 = 編集