シートベルトの素材って何? どんな仕組みで守ってくれるの? 素朴な疑問をメーカーにぶつけてみた

自動車部品メーカーのZFジャパンに、シートベルトの歴史、素材、仕組みなどの疑問を聞いてきました。衝突事故のときに「リトラクター」という装置や「プリテンショナー」という機能がどのように働いて乗員を守るのか。シートベルトの正しい着用方法も紹介。

リトラクター
シートベルトにとって重要な部品「リトラクター」

こんにちは、ライターの井上マサキです。

車に乗るときは、すべての座席(運転席・助手席・後部座席)で必ず着用しなくてはならないシートベルト。シートベルトを着用するかしないかで、事故にあったときの致死率は大きく変わります。特に後部座席で非着用の場合、一般道で約3.6倍、高速道路では約15.4倍も致死率が高くなるそうです。

※ 「後部座席シートベルト着用・非着用別致死率」過去10年の合計。参考:警察庁「全ての座席でシートベルトを着用しましょう」

そんな大事なシートベルトですが、そもそも、あのベルトはどんな素材でできていて、どれくらい強いものなんでしょう。どういう進化を遂げてきて、どんな仕組みで私たちの体を守ってくれているのか……? 知らないことばかりです。

そこで今回は、シートベルトで世界2位のシェアを占めるZF Friedrichshafen AGの日本法人、ゼット・エフ・ジャパン株式会社(以下、ZFジャパン)の方々に、知っていそうで知らないシートベルトのことを聞いてきました。

当たり前のように着けていたシートベルト、実はさまざまな知恵や技術が結集したすごいヤツだったんです……!

ゼット・エフ・ジャパン
横浜にあるZFジャパンテクニカルセンター。日本でのシートベルト開発拠点

ゼット・エフ・ジャパン
今回お話を伺った3名の方々(左から、山内さん、亀谷さん、杉山さん)

【お話を聞いた人】

亀谷憲司さん

亀谷憲司(かめや・けんじ)さん:ゼット・エフ・ジャパン株式会社 パッシブ・セーフティ・システムズ 日本事業責任者。アメリカの大学在学中、車のカスタムに熱中。その経験が車の構造を深く理解するきっかけに。

杉山忠さん

杉山忠(すぎやま・ただし)さん:ゼット・エフ・ジャパン株式会社 シニアマネージャー。新車を見ると、職業病なのか、まずどんなシートベルトが付いているかを確認してしまう。

山内昇さん

山内昇(やまうち・のぼる)さん:ゼット・エフ・ジャパン株式会社 エンジニア。休日に車を運転するときはシートベルトを全部引き出して、正しく動作するか必ずチェックしている。

【聞き手】

井上マサキ

井上マサキ:ライター。車に乗るときは呼吸するようにシートベルトをしていたので、今回の取材までまったく気にしたことがなかった。後部座席ではどのベルトをどこに挿したらいいのかよく見失う。

3トンの荷重に耐えられるシートベルトに「寿命はない」

シートベルト

シートベルトがこの世に生まれたのは、今から約100年前のこと。日本では1960年代から「2点式シートベルト」が普及し始めたそう。バスに付いているような、腰だけに巻くシートベルトですね。

その後、安全性向上のために、1970年代から現在のような「3点式シートベルト」が一般的に。どちらかの肩と腰の両サイドの3点を支持しているから「3点式」。

ただ、当時は「設置義務(車にシートベルトを設置しなさいよ)」はあったものの、「着用義務(車に乗ったらシートベルトを必ず締めなさいよ)」はなかったそうです。

杉山さん
杉山さん

1969年には普通乗用車の運転席に、1975年には運転席と助手席にシートベルト設置が義務付けられましたが、着用義務はまだありませんでした。当時はシートベルトをしなくても、交通違反ではなかったんですよね。

運転席と助手席でのシートベルト着用が義務付けられたのは、1985年のこと。つまり、筆者(1975年生まれ)が小学生のときは、シートベルトをしなくても良かったのです。安全面を考えると今では考えられませんよね。

2008年には後部座席での着用も義務化。車に乗る人はすべて、シートベルトを着用しなければならなくなりました。

ということは皆さん、このベルト、絶対触ったことありますよね?

シートベルト

体にフィットする柔らかさがありつつ、ツルツルして硬質な手触り感もあるシートベルト。これって、いったい何でできているんですか?

亀谷さん
亀谷さん

素材はポリエステルです。洋服で使われる素材と基本的には同じですね。シートベルトは強度が高いポリエステルの糸を300本から500本織り込んでいて、3トンの荷重に耐えられるようになっています

この5センチほどの幅に、何百本もの黒い糸が通っている! なるほど、道理で丈夫そうなわけだ。

亀谷さん
亀谷さん

あ、最初から「黒い糸」ではないんです。もともと糸自体は白いので、できたてのシートベルトは白いんですよ。ベルトの形にしたあと「ダイイング」と呼ばれる染色工程で、車の内装に合わせた色に染めています。

確かに、グレーやベージュのシートベルトも見たことがある。シートベルトにもカラーバリエーションがあるんですね。

耐久性についても詳しく教えていただけますか?

杉山さん
杉山さん

安全を担保するために、もちろん耐久性の試験も欠かせません。実際に3トンの荷重をかけて切れないか確かめたり、80℃の環境に置いて劣化試験を行ったり。ベルトの着脱を10万回以上繰り返す試験もあります

10万回も着けたり外したり……。気が遠くなる数字だけど、シートベルトは車に乗るときは必ず着けるもの。それくらいやらないと、責任を持って使ってもらえる製品にならないとのことです。

シートベルトは1度の乗車に対して、乗り降りで2回着脱する。通勤や送り迎え、買い物などで1年間毎日車に乗れば、365日×2回で730回、15年間乗り続けると1万回以上、シートベルトを着けたり外したりすることに。もちろん、1日何回も乗り降りする日もあるだろうけど、10万回の試験だったら安心だ!

杉山さんによれば、「廃車になるまでシートベルトが寿命を迎えることはない」のだそう。言われてみると、「そろそろシートベルトの交換時期ですね」なんて聞いたことないですもんね。

杉山さん
杉山さん

「寿命がない」というと大げさかもしれませんが、自動車メーカーからの耐久性に対する要求は非常に高いレベルです。その基準を満たすとなると、必然的に半永久的に使えるようなものになりますね。毎日安心して使っていただけるように、私たちも真剣に開発を続けています。

車が衝突したとき、シートベルトに何が起こるのか?

さて、シートベルトには、もうひとつ重要な部品があります。それは、引き出したシートベルトをシュルシュルと巻き取る「リトラクター」と呼ばれる装置。リトラクターは車のボディに埋め込まれています。

リトラクター
左から2000年代、1990年代、1980年代のリトラクター。年を経るごとに大きくなっている

リトラクターは車のボディに埋め込まれている(ZFジャパン提供資料に加筆)

杉山さん
杉山さん

運転席や助手席だと、シートベルトはおよそ長さ4メートルになります。車に乗る人の体格やシートの位置にかかわらず、常にシートベルトが体に密着するように、リトラクターは一定の力でベルトを巻き取っています。

亀谷さん
亀谷さん

単純にベルトを巻き取るだけの装置ではないので、中を見たら驚くと思いますよ。古いリトラクターでも30点ほど、新しいリトラクターなら70点ほどの部品で構成されていますから。

急いでシートベルトを締めようとしたとき、引き出したベルトが「ガツン!」と止まってしまうこと、ありますよね。実は、あれもリトラクターの機能の一つなんです。

山内さん
山内さん

車が障害物にぶつかると、その勢いで乗員が前に飛び出します。このとき、急に引き出されたシートベルトをロックして、飛び出しを防ぐのが「ウェビングセンサー」と呼ばれる機能です。

「ウェビングセンサー」大事な機能ですね。急いで出発しようとする私たちを引き止めるものではなかったのか……。

さらにもうひとつ、リトラクターには「ボールセンサー」と呼ばれる機能も備わっているという。

山内さん
山内さん

小さなお皿の上にボールが乗っているイメージですね。車に加速度が加わったり、横転などで大きく傾いたりするとボールが動き、ボールに連動した部品が動作してベルトをロックします。なので、急な坂道を降りようとするとベルトがロックされるんですよ。傾き17度くらいで作動するので、めったに体験しない状況だと思いますが。

こうした機能により、車が衝突するとシートベルトがロックされ、私たちを守ってくれるのだ。これらはZFジャパンの製品に限らず、ごく一般的な仕組みとして、1980年代からリトラクターに搭載されているそう。

山内さん
山内さん

どちらのセンサーも電気を使わず、機械の内部構造のみで実現されています。仕組みとしても非常にシンプルで、耐久性に優れている。先人たちの知恵や技術を感じますね

命を守る「ミリ秒」の戦い。火薬の力でベルトを巻き取る

すっかりシートベルトの仕組みがわかった気になったのですが、まだまだ1980年代のシートベルトの話。

実はこの後もシートベルトはどんどん進化しているのです。先に言ってしまうと、1990年代からリトラクターに、なんと火薬が入っているのである。

リトラクター
ここに火薬が入っている。「ウェビングセンサーと同様に、現在はほとんどの車にこの仕組みが使われていますよ」(杉山さん)

シートベルトの根本のような部分に火薬が入っているなんて、想像したこともなかった......。一体何に使うのか。

その説明をするには、あらためてシートベルトの役割を理解しないといけないという。

シートベルトの役割
急に物理の講義が始まって、取材陣一同ざわめきました

杉山さん
杉山さん

「走っていた車が壁にぶつかって止まる」という現象は、「車が持っていた運動エネルギーがゼロになる」と言い換えることができます。車の運動エネルギーはどこに消えるかというと、フロント部分がつぶれることでエネルギーを吸収するんですね。

では、車に乗っている人(乗員)はどうなるのか。

もちろん、乗員も運動エネルギーを持っている。車がぶつかった瞬間、車は止まるが、乗員は「慣性の法則」によって運動エネルギーを持ったまま前に放り出されてしまう。それを阻止するのがシートベルトだ

杉山さん
杉山さん

ただ、昔のシートベルトは、車がぶつかってからベルトがロックされるまでの間に、乗員が少し動いちゃうんですね。すると、短時間に大きなエネルギーがベルトにかかります。結果、胸や腰を圧迫骨折したり、最悪の場合、死に至ったりするケースもありました。

では、どうしたらいいのか。そもそも、乗員が動いてしまうのがいけないのである。車と乗員がひとつの塊(かたまり)だったら、それぞれの運動エネルギーを考えなくて済むのでは?

そこで「よし、車と人を一体化させよう!」という考えで生まれたのが、火薬を含む「プリテンショナー」という機能である。

杉山さん
杉山さん

車がぶつかると、エアバッグが作動しますよね。プリテンショナーはそれと同じ仕組みで、車がぶつかると火薬の力で素早くベルトを巻き取ります。乗員をシートに押し付けることで、車と一体化させるわけです。

「車を乗員と一体化させる」イメージ
「車を乗員と一体化させる」イメージ

車が衝突した瞬間、エアバッグがボン!と開き、シートベルトがグッ!と締まる。乗員と車が一体化するので、乗員の運動エネルギーも、車のフロント部分がつぶれることで一緒に吸収されるのです!

……いや、ちょっと待ってください。理屈はわかったのですが、火薬の力でベルトが締まるなんて、心の準備がないと逆にケガしそうな気が……。

杉山さん
杉山さん

大丈夫です。実はもうひとつ、「ロードリミッター」という機能も付いています。ある一定以上の力が胸にかからないように、ベルトをコントロールするんです。300kgから400kgの力がかかると、徐々にベルトが伸び出るようにつくられています。

ものすごく簡単にまとめると、「ガン!(車がぶつかる)」→「ギュッ!(火薬の力でベルトを巻き取る)」→「フワッ(力がかかりすぎると緩む)」ということになる。

この一連の流れを、車がぶつかった一瞬でやっているわけですよね……?

亀谷さん
亀谷さん

そうですね。車が時速50kmで壁にぶつかった場合、車体がつぶれて止まるまでの時間は100ミリ秒から150ミリ秒(※ミリ秒は1000分の1秒)。一方、エアバッグやシートベルトは、衝突を検知してから3ミリ秒から4ミリ秒で作動を始めます。まさに命を守るための時間との戦いなんです。

自動運転が実現するとシートベルトはどうなる?

さらに2000年代に入ると、車がより賢くなっていきます。ADAS(Advanced Driver-Assistance Systems、先進運転支援システム)が発達し、衝突の直前に自動的にブレーキをかけることができるように。

シートベルトもADASと連動することができれば、より事故の衝撃を抑えることができるはず……というわけで、2000年代以降、リトラクターには新たなモーターが搭載され、ADASでシートベルトを制御することが可能になりました。

杉山さん
杉山さん

搭載されている車は限られていますが、衝突してからではなく、衝突しそうな時点でベルトを巻き上げられるようになりました。また、「車間距離が縮まっていますよ」と警告を送るために、弱い力でピクピクっとベルトを引くこともできるんですよ。

車から肩をポンポンと叩かれるイメージである。そんなことまでできるのか。

山内さん
山内さん

乗員の体格や年令によって、ベルトを引く力をコントロールする機能の開発も進めています。乗員のデータを登録しておき、大柄な方なら確実に引き止めるために強く、高齢者の方なら体の負担を考えて少し弱めに、という調整です。

シートベルトが自動制御できるようになったということで、次に気になるのは自動運転車のこと。車の進化とともに、シートベルトはどう進化していくのだろう。

山内さん
山内さん

自動運転が実現すると、運転中に視線を外すことや、ハンドルから手を離すことができるようになります。普通自動車と異なり、さまざまな運転姿勢が生まれるので、各シチュエーションでいかに安全を提供できるか検討しているところです。

亀谷さん
亀谷さん
完全自動運転になると運転席すらありませんから、シートレイアウトも自由になります。例えば、座席を横向きに取り付けることも可能ですよね。シートベルトを設置する場所の自由度も上がるので、リトラクターを小型化してシート本体からベルトが出るようにしたり、エアバッグとどう併用するかを考える必要も出てきます。

もはや、そこにあるのが当たり前になっているシートベルト。そのシートベルトに、こんなに多くの技術や、安全への配慮が詰め込まれているなんて知りませんでした。明日から、シートベルトを締めるときに「いつもありがとう」と声をかけてしまいそう。

最先端のお話といえば、ZFは2023年1月に、ベルト自体が温まる「ヒートシートベルト」を発表しています。電気自動車の暖房効率を上げ、快適性も向上する製品。同社は電気自動車が当たり前になる世の中を見据えて、日々製品開発に取り組んでいるのです。

ZF ヒートベルト
ZFは2024年1月に、ベルト自体が温まる「ヒートシートベルト」を発表。電気自動車の暖房効率を上げ、快適性も向上する製品(ZFジャパン提供)

シートベルトの正しい着用方法を教えてもらった

そういえば、普通に毎日着用しているシートベルトだけど、「正しい着け方」ってあるんでしょうか? ZFジャパンの皆さんにポイントを教えてもらいました。

ZFジャパンの皆さん

杉山さん
杉山さん

あまり知られていないのですが、シートベルトには「ショルダーアジャスター」という、肩口の高さを調節できる機能があります。この位置が高いと、小柄な方は顔にベルトがあたってしまうようです。体格に合わせて、肩に近づけるよう位置を調整してください。

ショルダーアジャスター
これがショルダーアジャスター(著者撮影)

亀谷さん
亀谷さん

ベルトを締める際は、腰骨にベルトがかかるのがベストです。そうしないと、車がぶつかったときに腹部にベルトが食い込みますので。

山内さん
山内さん

シートベルトの圧迫感が嫌だからと、クリップのようなものでベルトを止めている方がまれにいるのですが、危険なのでやめましょう。胸にベルトがフィットしているのが、シートベルトのあるべき姿ですから

シートベルトの正しい着け方
シートベルトの正しい着け方

最後に率直な質問として「シートベルト開発のモチベーションはどこにあるのか」伺ってみました。

杉山さん
杉山さん

安全を担保する性能を持つ製品を生み出すことはもちろん、ユーザーが使いやすいと感じる製品であることも大切にしています。いくら安全でも、使ってもらわなくては意味がありませんから。これからも、ユーザーに喜んでいただける製品を届けられたらと思います。

こんなにいろいろ考えてつくられているんですね!

🚙 🚙 🚙

「いざというときは守ってくれるんだろうなぁ」という、なんとなくの気持ちで締めていたシートベルト。取材では、3トンの荷重に耐えるベルトや、乗員を固定する機構、事故発生時の瞬時の動作に至るまで、たくさんの技術が詰め込まれていることを知りました。‌

それもこれも、車に乗る人たちの安全を守るため。今回、取材対応いただいたZFジャパンの皆さんをはじめ、自動車に関わる多くの方々が安全と使いやすさについて常に考えているのだな……と、感じた次第です。

皆さんも正しくシートベルトを着用して、安全運転で参りましょう!

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井上マサキ

著者:井上マサキ

ライター。大学卒業後、システムエンジニアとして勤務。2015年よりフリーランスのライターに。理系・エンジニア経験を強みに、企業取材やコラムなど幅広く執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも出演。著書に『たのしい路線図』『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか』など。

撮影:関口佳代
イラスト:フカザワナオコ
編集:はてな編集部