CMでよく見る車の衝突実験って、その後の車はどうしてるの? 疑問を全部ぶつけてみた

車の衝突実験を行っているナスバ(自動車事故対策機構)に「ぶつけた車はどうしているの?」「車種はどのように選んでいる?」といった素朴な疑問をぶつけてみました。安全性能の高い車を選ぶポイントがわかるレポートです。

※記事中に誤解を招く表現があったため、2023/3/24 18時頃、一部調整いたしました。ご意見をいただきありがとうございました。

こんにちは、フリーライターの少年Bです。今回はわたしの素朴な疑問を聞いてもらえませんか?

テレビCMでよく見る、車の衝突実験ってありますよね。あれを見るたびに思うんです。「ぶつけた後の車はどうしてるの?」って。もちろん、車の安全性をしっかり確かめる、ひいては乗っている人の命を守るためにとても意義のある実験だと思うんです。でも、あれだけ派手にぶつけてしまったら、もうその車には乗れなくなってしまいますよね……?

車の衝突実験
▲こんなふうに1回ごとに派手に車をぶつけているじゃないですか(ナスバ提供)

▲ものすごい勢いで壁に衝突する車の動画(2:16~)です

何かぶつける以外の方法はないんでしょうか。シミュレーションとか……。実験にどのくらいのお金をかけているのかも気になります。

そこで今回は、衝突実験を行っている「ナスバ(自動車事故対策機構)」と「日本自動車研究所(JARI)」にお邪魔し、気になる疑問を全部聞いてきました!

【お話を聞いた人】

高野直人さん 谷口昌幸さん

高野直人さん:ナスバ(自動車事故対策機構)自動車アセスメント部マネージャー。試験業務、広報活動に携わる。キャンピングカーで全国を巡るのが夢

谷口昌幸さん:日本自動車研究所(JARI)主任研究員。入所して30年来、衝突実験に関わる。休日は買い物がてらドライブをしている

※ナスバが行う自動車アセスメント(自動車の安全性能を評価)のための衝突実験を、公募を経てJARIが実施している

【聞き手】

少年Bさん

少年B:ドライブが好きなフリーライター。温泉や道の駅を巡るのが趣味

ナスバでインタビュー

――はじめまして。さっそくなんですが、衝突実験って毎回車を廃車にしているんですか? あの実験っていくらかかっているんですか?? 実験の後の車ってどうしているんですか???

高野直人さん(以下、高野さん):順を追って説明しますので、少し落ち着いてください!

――すみません、気になることがありすぎて思わず詰め寄ってしまいました。

高野さん:まずは、私たちナスバについて説明させてください。

日本の自動車交通は経済成長に伴い急速な進展を遂げたのですが、その一方で交通事故も急増しまして……。1970年には年間の交通事故死亡者数が1万6,000人を超え、「交通戦争」と呼ばれるほどでした。

そのような状況で国を挙げて対策に取り組むことになりまして。1973年にナスバの前身となる自動車事故対策センターが誕生し、その後、2003年にナスバが設立されたというわけです。

――なるほど、交通事故対策のためにつくられた機関なんですね。

高野さん:はい。なのでナスバは交通事故防止のために、新車として販売されている自動車のさまざまな安全性能に関する試験を行ってその結果を公表しています。その試験のうちの一つが衝突実験になります。

自動車衝突実験の疑問、全部ぶつけてみた

衝突実験ではどんなことをしているの?

車が壁にぶつかる瞬間
▲車が壁にぶつかる瞬間(ナスバYouTubeより

――いきなり本題に入らせていただきますが、映像を見ると車を壁にドーンとぶつけて、破片が飛び散っています。この衝突実験で何をどう評価しているんですか?

高野さん:主にエアバッグやシートベルトの性能、それから衝突の衝撃で車が変形してしまうので、乗っている人がどういった被害を受けるか、そういうところを評価します。

――衝突実験ごとに車1台が丸ごと廃車になるんですよね?

高野さん:そうですね、廃車になります。実は……車は1台ではなく、1車種につき3回の衝突実験を行っています。衝突実験には以下の3種類があって、それぞれちゃんとした目的があるんですよ。

  • フルラップ前面衝突試験:多くの人が想像する衝突実験。運転席と助手席にダミー人形を乗せた試験車を、時速55kmでコンクリート製の壁に正面衝突させる。
フルラップ前面衝突試験
▲フルラップ前面衝突試験(ナスバYouTubeより) ▶動画(1:42~)
  • オフセット前面衝突試験:運転席と後部座席にダミー人形を乗せた試験車を、時速64kmでアルミハニカムという素材に前面衝突させる。ただし、ぶつけるのは運転席側の4割ほど(助手席側にはぶつけない)。
オフセット前面衝突試験
▲オフセット前面衝突試験(ナスバYouTubeより) ▶動画(2:04~)
  • 側面衝突試験:運転席にダミー人形を乗せて停止させた状態の試験車の運転席側に、質量1,300kgの台車を時速55kmで衝突させる。
側面衝突試験
▲側面衝突試験(ナスバYouTubeより) ▶動画(2:24~)

――フルラップとオフセットの「前面衝突試験」って、素人からすると同じに見えるんですが、違いは何なのでしょうか?

高野さん:評価の対象が違うんです。フルラップ前面衝突試験は、主にエアバッグ、シートベルトなどを評価するのに適しています。オフセット前面衝突試験は衝撃を車体の一部で受けるため、変形についての評価に適しているんですよ。

側面衝突試験で、前だけじゃなくて横からぶつかった場合の安全性能も判定しています。

側面衝突試験で台車が車にぶつかる直前
▲側面衝突試験で台車が車にぶつかる直前(ナスバYouTubeより

――なるほど。台車の先には何かついているようですが……?

高野さん:台車の前面には、衝撃吸収部材を取り付けています。自動車の前面に見立てて、一般的な乗用車と同様の硬さのアルミハニカムという素材を使っているんです。

――実際の事故の状況に近いようにしている、と。それで1車種で3回も……。衝突実験をする車は何種類くらいになるんですか?

高野さん:昨年度は12車種の車について衝突実験をしています。12車種×3回なので36台ですね。

――36台……!? 例えばシミュレーションにするとか、車をぶつける以外の方法はないんですか? どうでしょう谷口さん?

谷口さん

谷口昌幸さん(以下、谷口さん):最近はシミュレーション技術もかなり向上していますが、それでもまだ実際の現象を表現しきれない部分もあるため、やはり実際にぶつけてみる必要があると思います。車の安全性評価のためには絶対に必要だと思っています。

――ぶつけてみないと分からない?

高野さん:そうなんです。安全性能を数値化して、ユーザーの皆さんに知っていただくための試験なので、大切なことなんですよ。

高野さん

――例えば同じメーカーの車だと、エアバッグやシートベルトなどの仕様が同じこともあると思うんですが……。大体この組み合わせだったらこれぐらいの数値が出るよな、ってことにはならないんですか?

高野さん:車の形状などによってボディーの硬さや衝突時の変形度合いも違ってきます。それらの違いによる被害軽減は非常に重要なので、やはり実際に衝突させてみないと分かりません。

――まだまだ質問はあります。衝突実験する車種はどのように選定しているんですか? まさか「うちの車を実験してください」と言ってきたメーカーの車だけを選んでいるなんてことはないですよね……?

高野さん:そんなことはありません! 実験する車は「ユーザーが乗っているかどうか」を重視しています。分かりやすく言ってしまうと「売れ筋の大衆車」ということですね。

――ということは販売数ランキングの上から順に?

高野さん:はい。そうすることでユーザーの皆さんがよく乗られている車をできるだけカバーしようと考えています。

――でも、車の価格って全然違いますよね? ものによっては倍ぐらいの価格差があることもありますが、そういった場合の予算はどうなってるんですか?

高野さん:販売数の上位に高級車が含まれている場合は、車種を減らして対応しています。無限にお金を使えるわけじゃないので……。逆に、軽自動車がたくさん売れて経費が抑えられた年もありますね。なお、実際に試験対象となる車種は、最終的には国が設置する自動車アセスメント評価検討会にて決められています。

――(急に現実的な話になってきた……)ちなみに、衝突実験に対して自動車メーカーからクレームが来ることはないですか? 「うちの車をつぶすな!」とか「うちの車の安全性が低いなんておかしい!」とか。

高野さん:衝突実験は私たちが車を買ってきて、勝手にやっているわけじゃなくて、対象となる車のメーカーさんにも協力をしていただいています。各車種特有のデータを出していただいた上で、試験にも反映しているんです。

衝突実験には自動車メーカーさんにも立ち会っていただいて、試験の条件がちゃんと満たされてるかを確認した上で行っているので、そのようなクレームは特にありません。

――メーカーの担当者も来るんですね。きっと毎回ドキドキするんだろうなぁ。

つぶれた車はどうなるの?

少年Bさん

――実際に車をぶつけて衝突実験をする目的や重要性、少し分かってきました。とはいえ、年間に36台もの車が廃車になっているわけですよね。そのまま処分されるのでしょうか?

高野さん:衝突実験で使った車は修理して乗ることはできませんので、廃棄処分されます。ただ、鉄くずとして売却できるものは売却されますし、売却される前には消防署のレスキュー訓練などにも使われています。

――レスキューの訓練?

高野さん:実際につぶれて開かなくなったドアをカッターで切って取り外すとか、つぶれた車から人を救出する訓練ですね。なにしろ本当に衝突して変形した車ですので……。

――確かに、そういった訓練には最適かもしれません。

高野さん:あとは、全国各地のイベントに衝突実験を終えた車を運んで、多くの方に見ていただいています。「車は安全性能の評価を見てから買ってください」と広報するためには、やはり実物を見ていただくのが一番だと思いますから。

広報イベントでの衝突車両展示
▲広報イベントでの衝突車両展示(ナスバ提供)

――ちゃんと実験後も活用しているんですね。

マネキンで人間の代わりになるの?

――「乗っている人がどういった被害を受けるかを評価する」ってお話でしたけど、運転席に乗っているあのマネキン(?)で、本当に人間の代わりになるんですか?

高野さん:マネキンではなくて「ダミー人形」と呼んでください!

ただの人形じゃありません。頭部や首、胸などにセンサーが内蔵されていて、衝撃を受けたときに基準値と比べてどうか、という形で評価をしています。衝突実験の精度を高める「キーパーソン」ですよ。

ダミー人形

――そんなに高性能だったとは! もしかして価格も高いのでしょうか?

谷口さん:ざっくりですが、1体の価格はプロ野球選手の年俸くらい(ウン千万円)でしょうか。

――車より全然高い! ダミー人形ってどんな種類があるんですか?

ダミー室
▲ダミー人形を保管している「ダミー室」の内部

谷口さん:ダミー人形の種類は体格などによって分かれており、アメリカの平均的な成人男性をモデルにしたもの、大柄なサイズのもの、小柄な女性をモデルにしたもの、それから子どものダミー人形、形の違う側面衝突実験用のダミー人形もあります。

ダミー人形

ダミー人形

――アメリカ人の平均体型? 日本人の体型じゃないんですね。

谷口さん:ダミー人形はアメリカで開発・製造されているため、アメリカから輸入しているんです。

――そういえば、衝突実験のダミー人形って服を着ているような?

谷口さん:はい。極力実態に合わせた状態で衝突実験を行っています。

ダミー人形

――そこまで徹底しているとは……! 実験ごとにダミー人形も使えなくなってしまうんですか?

谷口さん:今は新規で買うことはあまりなくて、パーツごとに交換していくことがほとんどですね。

――パーツごとに交換?

谷口さん:決められた性能要件に合格したパーツだけを使ってダミー人形を組み上げているんです。

例えば、ダミー人形の頭と首だけを振り子の先端につけて振って首を曲げる。そのときに受ける衝撃が決められた性能の範囲内に入っているかどうかを確認しています。

ダミー室

――これがダミー人形の試験装置……!

谷口さん:合格であればダミー人形の首は使える。ほかにも胸や膝、足首などのパーツもちゃんと正常に動作するか測定しています。

ダミー人形のパーツ
▲合格した足のパーツ

――合格したダミー人形だけが人間の代わりになっているんですね! 「マネキンに人間の代わりが務まるのか?」なんて言ってすみませんでした……。

谷口さん:本当に細かいところまで注意を払っていますよ。

高野さんと谷口さん

「星の数」に注目! 結果の見方を教えてもらった

――車を買う消費者のために衝突実験を行っている、皆さんの熱い思いがとてもよく伝わってきました。衝突実験の結果はどこかで確認できるんですか?

高野さん:それは良かったです。衝突実験を含めた自動車安全性能評価の結果はパンフレットとして配布しているほか、ナスバのホームページでもダウンロードできます。ぜひチェックしてみてください!

自動車安全性能評価のパンフレット
▲自動車安全性能評価の結果はパンフレットとして配布している

――ちゃんと公表しているんですね。点数とか%がありますけど、この評点はどういう基準でつけられているんですか?

高野さん:ユーザーに分かりやすいように、以下のように事故前~事故後の安全基準について総合的な評価を提供しています。

  • 予防安全性能の評価
  • 衝突安全性能の評価
  • 事故後の救命救急を迅速に行うための技術に関する評価

これらの総合得点で、「その車がどれだけ安全か」というところを評価して、皆さんにお知らせしています。

――なるほど。確かに、自動車のカタログを見ても安全性はよく分からないので、点数をつけてもらうと車を買うときに助かる気がします。

高野さん:自動車の安全性能は色や形と違って見た目では分かりません。だから、統一した条件で実験をすることによって「安全性能の見える化」をしているんです。

――一つ気になったんですが、評価を見てみると点数が高いのに星の数が少ない場合もあるようです。これはなぜでしょう?

高野さん:点数は総合得点、つまり190点満点で何点を獲得したかです。ただ190点満点だと分かりにくいので、100%で何%なのかを得点率で示しています。

基本的にはこの点数に応じて、星をいくつ獲得できるかが決まります。ただ、今は「事故自動緊急通報装置を備えていないと『五つ星』が取れない」というルールになっているんです。

――事故自動緊急通報装置……?

高野さん:エアバッグが開くような大きな事故が発生した際、自動的にコールセンターに通報するシステムです。救助・救急機関が事故を早期に察知することができるので、事故にあった人の救命率の向上や重傷化防止に役立つと期待されているんですよ。

――それがないと、たとえ190点中の180点でも「四つ星」止まりってことですね。

高野さん:事故が起きたときは初動対応が最も大事なので、事故自動緊急通報装置は本当に大切なんです。だから「『五つ星』を取るために事故自動緊急通報装置を備えよう」とメーカーさんに思っていただくためにも、こういう評価になっています。

――車を買おうと思っているユーザーはどういう見方をすればいいでしょうか?

高野さん:安全性能の高い車がほしいなら、まず得点や得点率よりも星の数に注目してもらいたいですね。星の数が同じ場合は、次は得点を見てみる。

評価結果の見方
▲安全性能の高い車を買うなら、星の数をチェックしてから得点を見る

――軽自動車よりも普通自動車の方が頑丈だから安全性能が高い、といったことはあるんでしょうか?

高野さん:軽自動車でも五つ星で点数の高い車種があります。そういった先入観は持たずに確認するのがいいと思いますよ。

安全性能の高い車を買うときに参考にしたい

自動車安全性能2021

テレビCMなどでよく見る車の衝突実験。その裏には「ユーザーに安全な車に乗ってもらいたい」という熱い思いと、極めて精密な条件で実験するための努力が隠れていたのでした。

車を買うときは、つい見た目や走行性能で選んでしまいがちですが、次の車は安全性能で選んでみてはいかがでしょうか。

自動車安全性能のパンフレットはナスバのホームページからでもチェックできますよ!

パンフレットのダウンロードページ

少年Bさんとダミー人形
▲体を張ってくれてありがとう! ダミー人形

少年B

著者:少年B

ドライブが好きなフリーライター。夏は毎年ぶどうを求めて山梨県や長野県に、冬は主に温泉地に出没する。若いころはよくサービスエリアで車中泊をしつつ旅行をしていた。

撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部