こんにちは、ライターの井上マサキです。
年末年始の風物詩といえば、帰省ラッシュ・Uターンラッシュの大渋滞。高速道路が何十キロも渋滞した、というニュースが必ず流れますよね。
僕も何度渋滞に巻き込まれたことか。ずっとノロノロと続く車の列に、子どもたちから「いつまで続くのー?」「先頭ってどうなってんのー?」と声が上がることも。
そう、渋滞の先頭ってどうなってるんでしょう。というかそもそも、渋滞ってどうして起こるのか、何年たってもなくならないのはなぜなのか……気になってきました。
そこで今回は「渋滞学」を研究する東京大学の西成活裕先生に、渋滞の疑問をすべてぶつけてきました。この記事を全国民が読めば、きっと渋滞がなくなる……はず!
【お話を聞いた人】
西成活裕(にしなり・かつひろ) 先生:東京大学大学院工学系研究科教授。さまざまな渋滞を分野横断的に研究する「渋滞学」を提唱し、著書「渋滞学」(新潮選書)は講談社科学出版賞などを受賞。文部科学省「科学技術への顕著な貢献 2013」に選出、2021年イグ・ノーベル賞を受賞。多くのテレビ、ラジオ、新聞などのメディアでも活躍している。
【聞き手】
井上マサキ:ライター。渋滞に巻き込まれたら無駄な抵抗をせずすべてを諦める。巻き込まれ過ぎて東京から新潟まで車で12時間かかったこともある。
「車間距離40m」が渋滞するかしないかの境目
単刀直入に聞いちゃいます。西成先生、そもそも渋滞ってどうして起こるんですか?
渋滞の原因は、車間距離にあります。車間距離が40m以下になると渋滞が発生するんですよ。
40mがどれくらいの長さかというと、高速道路に引いてある白線が8m、空白区間が12mなので、「白線2本分が見えている状態」がだいたい40mです。それが渋滞とどういう関係が……?
車間距離が40m以下だと、ブレーキの連鎖が起きるんです。
前の車がブレーキを踏むと、後ろを走る車が「危ない!」と思って、もっと強くブレーキを踏みます。その後ろの車がさらにもっと強く……と、ブレーキがどんどん強く伝わって、最終的に車の流れが止まってしまう。これが渋滞です。
一方、車間距離が40mより長ければ、前の車がブレーキを踏んでも、後ろの車はそこまで強くブレーキを踏みません。ブレーキはどんどん弱く伝わって、やがて消えてしまうそう。流れはスムーズなまま。
つまり、車間距離を40m空けるか空けないかで、渋滞の明暗が分かれてしまうという……ということですか!?
日本の高速道路の膨大なデータを分析したところ、「時速70km・車間距離40m」が渋滞の境目であることがわかりました。この境目を下回って、速度が落ちたり、車間距離が縮まったりしたものが「渋滞」です。この数字はドイツのアウトバーン(速度無制限の高速道路)でもほぼ同じで、世界共通のものなんですよ。
そうなんですね! ということは、渋滞の先頭ってどうなってるんですか? 誰かが低速で走り続けているわけではない……?
そういうこともたまにありますが(笑)。面白いのは、渋滞の先頭は変わり続けているということなんです。例えば、車A、車B、車Cの3台が渋滞しているとしますよね。
渋滞の先頭になっている車Aは、前が空いたので渋滞から抜けます。一方、車Bと車Cが止まっているあいだに、新たに後ろから車Dがやってきます。すると……。
今度は車Bが渋滞の先頭になりました。こうして渋滞は、進行方向と逆に後ろに進んでいくんです。いわば、車の流れの中に“シワ”ができていくようなイメージですね。渋滞から抜けるとき、目の前が急に開けて「今までのはなんだったんだ」となることがありませんか?
ありますあります! まるで魔法が解けたみたいに、スーッと車の流れが良くなったりしますよね。
あれは“シワ”から脱出した瞬間なんです。つまりその一瞬、自分が渋滞の先頭になっているわけですね。
小仏トンネルが渋滞する原因は、トンネルそのものではない
交通情報を聞いていると、「あそこ、いつも混んでるな」という渋滞ポイントがあります。関東なら小仏トンネル(中央自動車道)や大和トンネル(東名高速道路)、関西なら宝塚トンネル(中国自動車道)が有名です。
ということは、やっぱりトンネルって渋滞が起きやすいんでしょうか?
確かに、トンネルは暗くて狭いので、入口で減速を招き、渋滞の原因になります。データによると、最大で時速10kmほど速度が落ちますね。ただ、先ほどの3つの渋滞ポイントの原因はトンネルというよりも、トンネル手前の登り坂なんです。
西成先生によると、トンネルは内部の水はけをよくするために、中央部分が少し盛り上がっているそう。小さな丘のてっぺんにトンネルがあるイメージですね。
つまり、トンネルの入口付近は、緩やかな登り坂になることが多いわけです。この「緩やかな登り坂」が渋滞の原因の約7割を占めるのだとか。
勾配が緩やかだと、ドライバーは坂道であることになかなか気付きません。すると次第に速度が落ちていって、後ろの車にブレーキを踏ませてしまい、渋滞が発生します。「なんか遅いな~」とアクセルを踏み始めた頃には、もう手遅れですね。
先ほどの渋滞ポイントに、西成先生がカメラを仕掛けて定点観測したところ、車の流れの中にできた渋滞の“シワ”が、どんどん後ろに動きながら大きくなっていくのが確認できたといいます。これが最終的に、40キロ50キロの渋滞に成長していくのです……恐ろしい……。
高速道路の脇によく「登り坂 速度回復せよ」みたいな看板が立っているのも、こういうことを防ぐためなんですね。
斜度が4%程度(100m進むと4m上がる坂道)の緩やかさだと、渋滞が起きやすいですね。逆に、あからさまに急な登り坂は渋滞が起きないんですよ。ドライバーが「坂道だ」と気付くので、ちゃんとアクセルを踏んでくれますから。
合流地点は「ファスナー合流」と「後期合流」で
もう一つ、渋滞しやすいポイントといえばジャンクション(JCT)。関東なら箱崎ジャンクション、関西なら一宮ジャンクションあたりが有名でしょうか。
首都高速だと、堀切JCT~小菅JCT間も渋滞がひどいですよ。あそこは2本の道路が合流して、約800m先で再び2本の道路に分かれるんです。上から見ると「X」の字になっていて。
ここは僕も走ったことがあります。右に行きたい人と、左に行きたい人がクロスして、みんな「俺が俺が」って先に合流しようとするから大変なんですよ……。
そうですよね。私もこのジャンクションの渋滞を解明しようと思って、論文にしましたよ(笑)。
西成先生が論文で提唱したのが「ファスナー合流」です。実験データから、競い合って合流するより、ファスナーを閉めるように左右交互に合流した方が、全体の流れが良くなるとわかったそう。
さらに、出合い頭ですぐ合流するのではなく、少し並走させてから合流すると、お互いが自然に位置を調整して交互合流しやすくなるのだとか。
とはいえ、「みんなファスナー合流で!」と呼びかけても、言うことを聞かない人もいそうですよね……。
そうなんです。ドイツでは「交互合流法」という法律があって、合流地点で交互に合流しないと罰金刑になるんですよ。日本もそこまでしろとは言いませんが、教習所でもマナーとして教えていますし、気持ちよく譲り合ってほしいですね。
合流といえば、車線が2車線から1車線に変わる地点も、渋滞が起きやすいポイント。
こっちは早めに合流したのに、後から来た車がスーッと横を追い抜いていって、前の方で「入れて~」と合流しようとしたりするじゃないですか。なんかズルい気がするし、あの車が渋滞の原因のように思うんですが……。
気持ちはわかります。「あの車は入れたくないな!」という妙な連帯感が周りの車と生まれたりしますよね(笑)。そう思われるのが嫌だから、みんな早めに合流してしまう。でも、それは渋滞には逆効果なんです。
西成先生が言うには、早めに合流する「早期合流」では、車が合流した場所を起点に渋滞が伸びてしまうそう。減ってしまう車線は最後まで使われず、無駄なスペースができてしまいます。
一方、後から合流する「後期合流」は、車線が減るまでの2車線を最後までしっかり使い切れます。その分、車を詰めることができるので、トータルで渋滞が短くなるのです……!
そうなんですね……! 勘違いしていました……。
運転マナーとして「後から合流するのは良くない」と言われがちですが、本当は正しいんですよ。「ファスナー合流」かつ「後期合流」が合流地点での渋滞を減らすポイントだと覚えてくださいね。
【ファスナー合流】#高速道路 のICやSA等から本線に合流する際は #渋滞 防止・軽減のため
— 日本自動車工業会(自工会)公式 (@JAMA_jpn) 2024年8月8日
・合流する際は加速車線の途中ではなく先頭まで進み
・1台ずつ交互に合流#お盆 にお出かけの際 #ファスナー合流 にご協力ください⚠️🚗https://t.co/f0YNb5sqPO
(NEXCO中日本)#自工会 #ジッパー合流 #夏休み pic.twitter.com/BqdU43y369
「車線変更を繰り返す」vs.「左車線を走行する」、どっちが早い?
さて、ここまでお話を聞いてきて、ずっと引っかかっていたことがあります。それは「車間距離40m」のこと。
確かに、渋滞を減らすには40m以上の車間距離が大事なのでしょう。でも、それだけ車間距離があると、割り込んでくる車もいるんじゃないですか……?
そうなんです! それがまた問題なんですよ……。
過去のデータによると、たった1台の車が強引に割り込んだことをきっかけに、40キロ以上の大渋滞にまで発展した事例があるそう……! 本当にあった怖い話ですね。
目的地に早く着きたくても「車線変更はなるべくしない方がいい」と西成先生は話します。
以前、東名高速道路の大渋滞で実験をしたんです。2台の車を用意して、1台はプロのレーサーにお願いし、とにかく車線変更して先を急いでもらう。もう1台は一般人のドライバーに、ずっと左車線を走ってもらう。よーいドンで、どちらが先に着くと思います?
渋滞の長さは30km。果たして結果は……なんと左車線を走り続ける車が、10分も早くゴールイン!
最初はレーサーの車がリードしたものの、渋滞にハマってから車線変更ができなくなったとのこと。隣の車線がビュンビュン流れ出しても、合流するための加速ができず、車線変更したくてもできなかったのです。
そもそも3車線の高速道路の場合、混雑時の平均速度は追い越し車線で時速16km、中央の車線で時速20km、左側の車線で時速25km。「早く行きたい」という車が追い越し車線に集まると、かえって遅くなります。「急がば回れ」が大切です。
渋滞情報を聞いたら「少数派ゲーム」で行動する
渋滞が起きるメカニズムはわかりました。では、渋滞に巻き込まれないようにするには、どうしたらいいのでしょう。
やっぱり、渋滞情報を集めて空いている道を選んだり、時間帯をずらして早朝に出発したりするのが基本ですか……?
これが難しい問題なんです。情報化社会になり、今はスマホでリアルタイムに情報を得られるようになったじゃないですか。「こっちの道が空いている」と情報を出すと、大多数がその道を選んで、結局混んでしまうんですよ。
西成先生は過去にテレビに出演した際、「朝5時ぐらいに出ればいい」と発言し、フタを開けてみたら朝5時に大渋滞が起きたそう。「私のせいだと言われました」と苦笑します。
対策としては、「時間帯をずらす」と「ルートをずらす」の2つを掛け算するといいと思います。選択肢がたくさんできるので、その中から自分が少数派になるような選択をする。これは専門用語で「少数派ゲーム」といって、全員が少数派になるように行動すれば、最終的に混み具合は均等になるんです。
なるほど、みんなの裏をかくわけですね。ただ、それでも渋滞にハマったら……? もういっそ、高速道路を降りて下道で行った方がいいですか?
いえ、降りると損しますよ。高速道路が混んでいる場合、並走する下道は90%の確率で混んでいます。高速道路の渋滞は平均時速25kmぐらいで、下道の渋滞は平均時速10km。なので、高速道路にいた方が2倍早く着く計算です。
西成先生曰く、「下道の迂回路を熟知しているなら降りた方がいい」とのこと。年末年始の帰省ラッシュの場合は、下道を知らないことも多いですし、降りない方がよさそうですね。
渋滞をなくす「スローイン・ファストアウト」とは
時間帯をずらすのは難しく、下道にも降りない方がいい。いよいよ、高速道路で渋滞に巻き込まれたら、ハンドルを握ってじっと耐えねばならないような気がしてきました。
しかし、それでも西成先生は「渋滞をなくすために、できることが2つある」と言うのです。この状況から、僕らにできることがあるんですか!?
一つは、渋滞の後ろにつくとき、車間距離を空けてゆっくり近づくこと。車間距離が詰まるほど、渋滞はどんどん成長します。なので、なるべく車間距離を空けた状態で近づき、成長を遅れさせるんです。これを「スローイン」といいます。
もう一つは「ファストアウト」。渋滞に巻き込まれたら、2、3台前を常に見ておきます。いよいよ渋滞が解消するときが近づいたら、前の車にぴったりついて抜け出すんです。この「スローイン・ファストアウト」を守れば、渋滞は早く解消します。
ちなみに、渋滞に巻き込まれているときは、前の車にぴったりついて進むのがベスト。前の車が進んだあと、しばらく待ってから進むのはNG。たった数秒間でも、渋滞は後ろにどんどん成長してしまうからです。
渋滞から抜け出すときは、全員が連結列車のようにつながって、ワーッと抜け出すのが理想ですね。渋滞は自分一人の問題でありません。社会を良くするんだ! という気持ちで、渋滞からなるべく早く出てくださいね。
まとめ:今日からできる渋滞対策🚙³₃~
- ジャンクションでは「ファスナー合流」をする
- 2車線から1車線に変わる地点では「後期合流」をする
- 早く着きたくても車線変更はなるべくしない
- 高速道路が混んでいても下道に降りない
- 「時間帯」×「ルート」で少数派になる選択をする
- 渋滞の後ろにつくときは「スローイン」
- 渋滞から抜け出すときは「ファストアウト」
自動運転が普及すれば渋滞はなくなる!?
もちろん、ドライバーの心がけに頼るのみでなく、道路にはさまざまな渋滞対策も施されています。
最近よく見かけるようになってきたのは「エスコートライト」。道路脇の壁面に一定間隔でライトが設置され、光が前方に流れるように点灯されるもの。光に置いていかれないように速度回復を促すことで、減速による渋滞を減らすものです。
アクアラインで行われた実験では、同様の機能を持ったライト※で約10%の速度回復が見られたそうです。登り坂の減速を抑える効果が出ていますね。
※首都高では「エスコートライト」、NEXCO東日本やNEXCO西日本では「ペースメーカーライト」と呼ばれている
他にも、トンネルでは入口を広げて圧迫感をなくしたり、照明を明るくしたりして、速度低下を防ぐ取り組みも。
さらに、新東名高速道路が設計された際には、西成先生の研究成果が取り入れられたといいます。もう最初から、渋滞が起きない道路を作っちゃえばいいわけですね……!
新東名高速道路は、緩やかな坂道や急カーブを極力なくして、なるべくフラットになるように作られています。私の知る限り、新東名で大きな渋滞が起きたことはないはずです。
さらに、西成先生が渋滞対策として期待を寄せるのが「自動運転」だそう。確かに、自動運転なら「車間距離40m以上」を常にキープすることもできるでしょうね。
そうなんですよ。自動運転なら登り坂でも一定の速度を保てますし、トンネルに入っても速度は落ちません。自動運転が普及すれば、渋滞はどんどん減るでしょうね。
「1台が強引に割り込んだせいで大渋滞が起きた」という話がありましたよね。これ、よくよく考えてみると、大渋滞を起こしたこの1台は、渋滞に巻き込まれることなく走り去っているんです。
でも、そうやって身勝手な行動をする車がいると、渋滞はなくなりません。あの1台も、そのうち別の身勝手な車に巻き込まれて、渋滞にハマることでしょう。因果応報です。
取材中、西成先生は「お互いに譲り合う意識があれば渋滞は起きない」と言っていました。後ろの車にブレーキを踏ませないよう、自分のためでなく、人のために運転できるかどうかが、渋滞をなくすカギ。
年末年始の大渋滞は心が折れそうになりますが、「利他の精神」を忘れずにハンドルを握ろうと思いました。
長距離運転のコツを知る
撮影:関口佳代
編集:はてな編集部