こんにちは。音楽好きライターの石川大樹と申します。
以前、友人の車で愛知へ旅行に行ったとき、「走ると音楽が流れる道がある」という話になった。試しに通ってもらったところ、たしかに車の走行音の中からメロディーが立ち上がってきたのだ。「音楽が流れてきた」というより、本当に「立ち上がってきた」という感じで、すごく不思議な体験だった。
僕が通った道路とは異なりますが、音が鳴る道路。「知床旅情」が聞こえてくる。
調べてみると、この音が鳴る道路は「メロディーロード」といい、開発したのは北海道標津町にある篠田興業という会社。2005年に特許出願、2011年に特許登録されている歴史あるもので、今では全国各地に13ヵ所設置されている(※2024年10月現在)。
今回はその篠田興業にお話をうかがい、「メロディーロード」のアイデアはどのようにして生まれたのか、音が鳴る仕組みはどうなっているのか、ドライバーにどのような効果があるのか……などなど、さまざま疑問を聞いてみた。
「車が楽器になる」「道路が楽器になる」という世にも珍しい現象には、数々の知識や工夫が詰まっていた。
【お話を聞いた人】
篠田静男(しのだ・しずお)さん:「メロディーロード」を開発した篠田興業代表取締役社長。趣味でギターやアコーディオンを演奏し、音楽に親しんでいる。
- 公式サイト:株式会社篠田興業
【聞き手】
石川大樹(いしかわ・だいじゅ):編集者・ライター。読み物サイト「デイリーポータルZ」などで活動。音楽や民族楽器も好きで、そもそも「音が出る」という現象に興味がある。
工事中のうっかりミスから生まれた発明
取材に応じてくれた社長の篠田さんは、メロディーロードの考案者でもある。メロディーロードの誕生は1985年、時代はバブル期までさかのぼる。
道路工事中に、出来上がった舗装の上を誤って土木機械で走ってしまったんです。道路に履帯(※いわゆるキャタピラ)の跡が下駄状に残ってしまって、「これはまずいな」と思いましたね(笑)。
ただ、跡が残って以降そこを車で走ると「ブーン」と音がすることに気付きました。それに車が走るスピードによって音の高さが変わることもわかって。これを応用すればメロディーを鳴らすことができる……! と思いついたんです。
もちろん最終的には“失敗した跡“は直しましたよ。
まさに「けがの功名」といった感じの誕生秘話。ただ当時は会社としては売り上げの立つ目の前の事業を優先。「道路で音楽を奏でる」というアイデアは、20年近く篠田さんが温めてきたという。
その後バブルが崩壊し、売上減少を補うための新規事業の一つとして本腰を入れて開発スタート。2005年にはメロディーロードの技術が確立した。
なぜ道路からメロディーが聞こえるのか
ではそのメロディーロードの技術とはどんなものなのか、走るだけで音楽が鳴る仕組みに迫ってみたい。まず、なぜ音が鳴るのか。
実はメロディーに聞こえるのは車の走行騒音なんです。道路に溝を掘ることで溝の角にタイヤが当たり、より明瞭に音を出すことができます。
音の正体は、タイヤと路面に掘られた溝の摩擦音だった……!
しかし技術のキモはここから。メロディーを奏でるためには、音が発生するだけでは駄目で音程が必要だ。メロディーロードで音程を変える仕組みは、ラテン音楽に使われるパーカッション「ギロ(グィロ)」に似ているという。縞状に溝の掘られたボディを棒でこすって音を出す楽器だ。
ギロは遅くこすると音が低くなり、速くこすると音が高くなる。楽器の実物は筆者の手元になかったので、代わりに竹串でダンボールをこすってみたのが次の動画。こする速度で音の高さが変わるのがわかるだろうか。
メロディーロードでは、このダンボールが路面、竹串が車のタイヤに相当する。ただし、車にスピードを速めたり緩めたりしてもらうわけにはいかないので、メロディーロードで音程を作る際は路面に掘る溝の間隔の方を変えるそうだ。
溝の間隔を狭くすると高音になり、広くすると低音になります。また溝自体の幅を広くするとタイヤが深く落ち摩擦が大きくなるため、音が大きくなります。逆に狭くすると小さくなります。
奏でたい曲の楽譜をもとに、音符ごとに溝の構造を変えて路面に溝を掘っていく。こうしてメロディーを鳴らすのが基本的な仕組みだ。
楽譜のない「神楽」を鳴らす。音楽への探求心
しかし篠田興業の技術はここにとどまらない。例えば、各地で伝承されている神楽(かぐら)や民謡などの音楽は楽譜がなかったり、そもそも単純にドレミに置き換えられないことも多い。そういった音楽も音の周波数を解析することにより演奏可能だという。
その一例が、広島県安芸高田市にあるメロディーロード。
神楽ばやしの微妙な音程の再現に加え、左右のタイヤで別の音を鳴らす技術も使われている。左のタイヤが笛、右のタイヤが太鼓だ。
神楽は先輩たちの演奏を聞いて覚えるため、楽譜がないというんです。なので録音テープを送っていただき、それを分析して作りました。
ところが、メロディーロードを試作した後に地元の方に聞いていただくと、「なんか変だ」と。私にはちゃんと聞こえるのに……。
神楽ばやしを再現するためあれこれ手を尽くした篠田さん。地元の大学の先生に聞いても原因がわからず。最終的に実際に神楽を演奏している方にお話を聞いたという。
すると興味深いことがわかりました。神楽の演奏は指揮者がいないというんです。代わりに太鼓が演奏をリードして、それを笛が追従する。だから一瞬だけ太鼓が早く鳴るんです。
「これだ!」と思ってメロディーロード上で太鼓のタイミングをずらしてみたら、やっと「まともだ!」と言っていただけて(笑)。開発に1ヵ月以上かかりましたね。
単純に楽譜を再現しておしまい、ではない。「音楽を生み出す」苦労がここにはある。篠田さんは趣味でギターやアコーディオンを演奏し音楽に親しまれているそうで、そんな篠田さんならではの音楽に対する探求心が感じられるエピソードだった。
人の声でしゃべる道路もある
さらにもう一つ、すごい技術がある。篠田興業の地元、北海道標津町に試験的に設置されているメロディーロード。こちらは人の声でしゃべっているように聞こえるのだ。これがその動画。
なんか人の声っぽいぞ……というのはめちゃくちゃ伝わってくると思いますが、はたして何と言っているでしょう!?
これは「カーブです。カーブです。スピードを落としてください」と聞こえるように設計しています。人によっては「聞こえない」って言われるんですけど、私は「心の優しい方はちゃんと聞こえるんです」って返していますね(笑)。
それを知った上で、改めて先ほどの動画を再生してみてほしい。不思議なことに、さっきまでなんと言っているかわからなかった方も、今度は「カーブです」としか聞こえなくなっているはずだ。
この「聞こえる/聞こえない問題」、実はメロディーロードの大切な要素だという。
メロディーロードは実は音楽として完全ではないんです。繰り返しますが、あくまで走行騒音ですから。いきなり走っても何のメロディーかは、なかなかわからない。
なので、道路を走行する手前に看板を立てるなどして、例えば「『知床旅情』ですよ」という情報を与えておくと、ドライバーは頭の中で曲をイメージする。そうすると走行音が曲に聞こえてくるんです。
言われてみれば、先ほどのしゃべる道路の動画にも「カーブです」と同じフレーズが書かれた看板が立っている。
このように、本業の土木技術だけでなく、篠田さんの音楽への愛、物理や数学の知識、さらには人間の脳の働きまで総動員した結果生まれたのが、メロディーロードなのだ。
メロディーロードは交通安全にも役立つ?
自治体から依頼があって作ることが多いというメロディーロード。地域活性化のために「地元にまつわる音楽を鳴らしてほしい」という要望が多いそうだが、話を聞いてみると交通安全に役立つ側面もありそうだ。
看板には曲名の他に「安全な法定速度の60キロで走るとよく聞こえます」といったメッセージを入れます。そうすると皆さんその速度で走ってくれるんです。追従する車もその速度に従うので、全体的な速度が落ちるという効果がありますね。
実際に交通安全を主な目的とした設置例もある。
あるとき愛知県豊田市のトンネルの出口で車のスリップ事故が多発したんですね。事故防止のためにトンネル内で減速してもらおうということで、市の依頼を受けて「どんぐりころころ」のメロディーロードを掘りました。
その効果を豊田工業高等専門学校の生徒さんと教授の方が追跡調査したところ、おおよそ時速8~12キロの減速効果があったそうです。
思った以上に劇的な効果が現れている!
加えて、溝を掘ってあることで雨天時の排水効果もあり、ハイドロプレーニング現象(※タイヤと路面との間に水膜ができて制御できなくなる現象)が起きにくくなるという安全上のメリットもあるそうだ。
道路に「輸送だけではない価値を持たせたい」
紹介したように、地域おこしにしろ交通安全にしろ、「輸送だけではない価値を道路に持たせたい」という思いが、篠田さんにはある。
全国から「設置したい」という要望があります。打ち合わせに行くと地域の方々が皆さん明るいんですね。夢を持ってメロディーロードを作ろうとしてくださっている。これからも全国に広げて、皆さんの心を明るくできるといいなと思います。
また、メロディーロードは日本だけでなく海外にも広がっている。篠田興業ではこれまで中国に20ヵ所以上のメロディーロードを作り、現地の方々に楽しんでもらっているという。その他にもアメリカ、韓国、ヨーロッパの各国などからもたびたび問い合わせがあるそうだ。
そして2009年にはダンロップと共同で設置した長野県茅野市のメロディーロード(※現在は撤去されている)がカンヌ国際広告賞の金賞を受賞し話題になり、最近では海外のYouTuberが日本の旅を紹介する動画でメロディーロードを取り上げるなど、継続的に注目を集めている。
音楽は世界中の人に伝わりますから。こうして国際的に絆を広げる“アイテム“になっているのを見ると作って良かったな……と思いますね。
音楽を通じて皆さんが体験を共有して、何らかの形で世界平和のようなものに貢献できれば、それがメロディーロードの本来の存在意義なのかもしれないと思っています。
道として土地と土地をつなぎ、さらに音楽を奏でて世界をつなぐ。これまではただ「不思議~」としか思っていなかったメロディーロードが、すごく夢のある存在に思えてきた取材だった。
ちなみに現在、日本で実際に体験することのできるメロディーロードはこれだけある。
メロディーロードを鮮明に聞くポイントは以下の3点。
メロディーロードをキレイに聞くポイント🚙♪~
- 窓を閉めて走る
- 雨や雪ではない日に走る
- 安全運転で(一定の法定速度で)走る
バイクは自分のエンジン音でかき消され聞こえづらいが、停車すれば別の車両の走行音でメロディーを聞くことは可能だそうだ。
お近くにある方もそうでない方も、機会を見つけて体験してみてほしい。ぜひ安全運転で!
「車の疑問」を解決する
イラスト:アベナオミ
編集:はてな編集部