“東京で一番パトカーの運転がうまい人”に、事故を起こさないための運転術を聞いた

白バイとパトカーのプロ集団である警視庁交通機動隊の隊員に、事故防止のための「パトカーの運転術」について聞きました。日頃のパトロールや交通違反の指導取締りの際に気を付けていることや意識していることを教えてもらいました。

東京で一番パトカーの運転がうまい人に、事故を起こさないための運転術を聞いた

こんにちは、ライターの井上マサキです。

皆さんにとって「運転がうまい」と思える職業はなんでしょう。レーシングドライバー? タクシーの運転手? なるほど確かに。でももう一つ、市民のお手本になる職業があるのです。それはパトカーを運転する警察官。

普段のパトロールをはじめ、緊急時にはスピードをあげて違反車を追跡することもあるパトカー。もちろん、交通事故なんてもってのほか。パトカーを運転するには、訓練で身に付けた高度な運転技術が必要不可欠なのだそう。

そこで今回は、白バイとパトカーのプロ集団である、警視庁第八方面交通機動隊の方にインタビュー。その運転テクニックを披露していただき、緊急走行時に気を付けていること、隊員としての日々の心がけなどなど、「パトカーの運転術」について聞いてみました。

【お話を聞いた人】

高橋翼さん

高橋翼(たかはし・つばさ)さん:警視庁第八方面交通機動隊第四中隊所属。北海道出身。交番勤務などを経て、2020年に交通機動隊に配属。

【聞き手】

井上マサキ

井上マサキ:ライター。免許取得からこれまで無事故無違反。こんなに間近でパトカーを見たのは息子のミニカー以来。

交通機動隊の超絶運転テクニックを見せてもらった!

交通機動隊の方がどれくらいパトカーの運転に長けているのか、さっそくそのハンドルさばきを見せてもらいました。

パイロン(カラーコーン)の間を高速ですり抜ける……! と思ったら、バックでもスラローム走行をこなす高橋さん。まさに人馬一体ならぬ、人“車”一体。まるで手足のようにパトカーを操り、動きにまったく迷いがありません。すごい!!!

それもそのはず、高橋さんは2023年に警視庁白バイ安全運転競技大会のパトカー部門で優勝された方なのです

高橋さん

高橋さん
高橋さん

今ので6割くらいの力です(笑)。

警視庁白バイ安全運転競技大会は、警視庁の各交通機動隊および高速道路交通警察隊から選抜された出場者によって競われる大会。パトカー部門では、パイロンで作られた関門を周回するタイムを競います。

スラローム走行をはじめ、急角度の旋回や、狭い道の通過など、完走には高度な運転テクニックが必要不可欠。もちろん、パイロンに当たるのはご法度で、1本でも触れると「もう試合にならない」そう。厳しいですね……!

高橋さん
高橋さん

しかも、大会のコース内容は直前に知らされるんです。大会に向けた特別訓練も行いますが、やはり普段の訓練で運転技術がどれだけ身に付いているかが試されますね。

敷地内にある訓練コース。特殊なトラップが設置されているわけではない
敷地内にある訓練コース。特殊な設備があるわけではなく、パイロンを設置して日々運転技術を磨く

白バイとパトカーのプロ集団「交通機動隊」

それでは場所を変えてお話を伺います。そもそも「交通機動隊」とは、どのような組織なんでしょうか?

高橋さん

高橋さん
高橋さん

交通機動隊は、東京23区内に4部隊、多摩地区に2部隊の計6部隊で編成されている交通指導取締りなどを行う専門部隊です。また、首都高速道路などの高速道路は、高速道路交通警察隊が管轄しています。

高橋さんが所属する第八方面交通機動隊は、東京都立川市や武蔵野市など、多摩地区の東側を担当。24時間365日、白バイやパトカーで一般道の警ら活動をしているそう。警ら活動というと、いわゆるパトロールというやつですか?

高橋さん
高橋さん

交通機動隊では、速度違反や横断歩行者妨害など交通事故に直結する悪質・危険な交通違反の指導取締りなどの、交通事故抑止街頭活動を行っています。

井上さん
井上

交通機動隊といえば白バイを思い浮かべる人も多いと思いますが、白バイ隊員になるためにはどうすればよいのでしょうか?

高橋さん
高橋さん

白バイ乗務員になるためには、面接などの選考をパスしたあと、専用の訓練施設で運転技術や車両整備をみっちり学びます。これを卒業して初めて、白バイに乗る資格を得ることができます。

井上さん
井上

ちなみに高橋さんは、どうして交通機動隊に?

高橋さん
高橋さん

警察学校の学生の時、複数の白バイによる息を合わせたスラローム走行などを初めて間近で見て、「これだな……」と思ったんです(笑)。交番勤務などを経て、白バイ乗務員を志しました。

井上さん
井上

もともと白バイ志望なんですね! それなのに、どうしてあんなにパトカーの運転がうまいんですか?

高橋さん
高橋さん

私たちは、白バイだけで取締りなどの街頭活動をするわけではありません。パトカーでも街頭活動を行いますので、四輪の運転技術の向上ももちろん求められます。交通機動隊の隊員は、どちらも日常的に訓練を行っているんですよ。

あの超絶テクニックも、訓練のたまものなんですね。「日中の時間帯はほとんど白バイを運転している」という高橋さん。白バイが走る姿を周囲に見せて、ドライバーに注意を促す意味もあるのだそう。

運転中に白バイやパトカーを見かけると、やましいことがないのにハンドルを握る手に力が入るじゃないですか。あれはちゃんと意味があるんですね。

パトカーの緊急走行で必要なのは「冷静さを保つこと」

お話にあったように交通機動隊では白バイだけでなく、四輪車での取締りも行います。パトカーの運転は、一般車両と何か違ったりするのでしょうか?

高橋さん
高橋さん

赤色灯やサイレンなどの装備はありますが、運転上の機能は一般車両と同じです。死角を減らすために、補助ミラーが付いているくらいですね。

赤色灯を動画で。日中でもはっきりと目立つんですね!

補助ミラー
サイドミラーには補助ミラーが付いている

パトカーは中隊ごとに車両が割り振られており、整備も自分たちで行うそうで、常に最良の状態に整えられています。

高橋さん
高橋さん

運転中に少しでも違和感があると、緊急時に迷いが生じてしまいます。車両と自分の体調をしっかり整えて、出発するようにしています

緊急時……ということは、サイレンを鳴らして違反車を追跡したりするわけですよね。スピード違反の車を追うとなると、それ以上にスピードを出さないといけないわけで……。

高橋さん
高橋さん

そうですね。追跡のためには、制限速度を超えて走行するだけでなく、赤信号の交差点を通過したり、対向車線にはみ出したりせざるを得ないこともあります。特例として認められてはいますが、だからこそ特権意識を持たず、安全確認を徹底しています

いやでも、先ほど見せてもらった運転テクニックをお持ちなら、そんな状況でもスイスイ行けてしまうのでは……と、思ってしまいますが、「だからこそ気を引き締めないといけない」と高橋さんは話します。

高橋さん
高橋さん

サイレンを鳴らして緊急走行をすると、気持ちが熱くなってしまいがちなんです。でも、そこで自分の技量を超えると、事故に直結してしまう。緊急時こそ必ず一呼吸置いて、冷静さを保つことが大事です。

確かに、「捕まえなきゃ!」と思うと頭に血がのぼってしまいそう。自分の運転技術の限界を超えてしまい、コントロールできなくなってしまうのも想像できます。

さらに、あまり追い込み過ぎると、相手が交通違反を何度も繰り返したり、住宅地に入り込んだりしてしまうケースも。最悪の場合、歩行者などを巻き込む危険性もあります。

井上さん
井上

とはいえ、全然止まらない逃走車もいますよね……?

高橋さん
高橋さん

ゼロではないですね……。もちろん、パトカー1台だけですべてを解決するわけではありません。必要であれば応援要請を入れて、組織で対応します。

街中を走るときは「危険予測」と「交通の流れ」を意識

緊急走行時の緊張が伝わってきたところで、気になるのは普段の運転です。普通に街中を走行していても、どこかに事故の危険はあるはず。交通機動隊の皆さんは、事故防止のためにどんなことを心がけているんでしょう。

井上さん
井上

そういえば、パトカーって隊員の数だけあるんですか?『マイパトカー』みたいなのがあったり?

高橋さん
高橋さん

いえ、1台を複数の隊員が使います。ですので、出発前は必ずシートを調整して、乗車姿勢を整えますねちょっと目線がズレるだけで、目に入る情報が変わってしまいますから

高橋さんの運転姿勢
高橋さんの運転姿勢。隊員は車の運転でもヘルメットを装着する

警ら活動は2人1組で行うのが基本。助手席側は無線を扱うといった役割もありますが、運転中に声を掛け合って安全確認も行うそう。左側を確認して、運転手の死角を補ったりするのだとか。

これは我々一般人にも真似できそうな安全対策ですね。助手席に座っているんだから、ちゃんと運転手の「助手」であれという。

高橋さん
高橋さん

そうですね(笑)。例えば左折時の巻き込み事故を防ぐために、助手席の方はちょっと首を振って見てもらえたら。「自転車が来そうだよ」など、ひと声かけてあげるだけで、すごく助かると思いますよ。

さらに重要なのが「危険予測」だと高橋さんは話します。

路地から子どもが飛び出してくるかもしれない、駐車車両から高齢者が急に降りてくるかもしれない……基本中の基本ですが、「かもしれない運転」がやはり大事なのだそう。

交通機動隊では、いわゆる「ヒヤリハット」の事例を共有して、危険予測の精度を高めているといいます。

高橋さん
高橋さん

住宅街や繁華街などを通過するときは、いつでも止まれるよう、ブレーキに少し右足をかけておくこともありますね。たとえ緊急走行時でも、交差点や横断歩道を通過するときは必ずいったん停止して、しつこいくらい安全を確認しています。

交通機動隊は、担当エリアを24時間365日走っているんですよね。ということは、同じ1日でも、時間帯や季節による違いを感じることもあるのでは?

高橋さん
高橋さん

ありますね。早朝は通勤通学で二輪車が、夜間はトラックが増えます。週末はショッピングモール付近が渋滞しますし、花火大会などイベントがあれば街全体が混雑する。その日の交通の流れをしっかり把握するのも、スムーズな警ら活動には欠かせません

走るエリアを知り尽くすことが、事故防止につながるカギ。私たちも、自分の生活圏で交通の流れがどうなっているのか、意識してみると良いかもしれません。

まとめ:パトカーの運転術

  • 車両と自分の体調をしっかり整えて出発する
  • 出発前は必ずシートを調整して、乗車姿勢を整える
  • 急いでいるときこそ、必ず一呼吸置いて冷静さを保つ
  • 危険を予測し、「かもしれない運転」を徹底する
  • 住宅街や繁華街ではいつでも止まれるようにする
  • 自分の生活圏の「交通の流れ」を意識する
  • 同乗者と声を掛け合って安全確認を行う

楽しい運転に必要なのは「無理をしないこと」

それにしても、最初に見た高橋さんの運転技術はすごかったですね……。我々も乗せていただきましたが、あのスピードを体感した興奮が冷めません……。

※編集部注:第八方面交通機動隊の皆さまのご厚意で、くるまもチームも高橋さん運転のパトカーに乗せてもらい、高速スラロームを体験しましたが、あまりのハンドルさばきに見とれてしまい写真が残っていません。

我々もあれくらい運転がうまくなりたいものですが、何か運転のアドバイスなどありますでしょうか……?

高橋さん
高橋さん

一般の方は高速スラロームをしなくてもいいというか……むしろ、しないでいただきたい(笑)。

井上さん
井上

そうですよね……。

高橋さん
高橋さん

とにかく安全確認を徹底して、無理をしない。自分の技量以上の運転をしてしまうと、気持ちが焦りますし、緊張によって判断が狂います。余裕を持つことが大事ですね。

高橋さんは「駐車だって1回で決める必要はないんです」と断言します。ギリギリを攻めたり、かっこつけたりする必要なんてまったくなく、安全がすべてに最優先するのだと。

パトカー

そうそう、街中で緊急走行をしているパトカーを見かけたら、どうするのが適切なんでしょうか。パトカーが現場に急行できるように、減速して道路端に寄せる……というのは知っているんですが。

高橋さん
高橋さん

ゆっくりで構いませんので、慌てず道路の左側に寄せて進路を譲っていただければと思います。

高橋さん曰く、最近の車は防音性が高いので、カーステレオの音量が大きかったり、空調を強くかけていたりすると、パトカーが鳴らすサイレンに気付かないことが多いのだとか。それはそれで危ないですよね……。

高橋さん
高橋さん

私たちも「気付いていないかもしれない」と注意しつつ走行していますが、そもそも周囲の音が聞こえない状態はやはり危険です。ほんの少し、窓を開けるだけでも変わりますので、周りに意識を配ってほしいですね。

それでは最後に改めて、一般ドライバーに安全運転のアドバイスをお願いします。

高橋さん
高橋さん

「秋の全国交通安全運動」が9月21日から30日まで実施されます。私たちもこの期間はいつも以上に気を引き締めて臨んでいます。繰り返しになりますが、皆さんも危険予測をしっかりして、自分の技量を過信せず、運転をしてもらえたら。そこをしっかり守れば、楽しい運転につながると思います。

🚔 🚔 🚔

ちなみに高橋さんは、プライベートでも運転が大好き。家族と一緒にドライブに行ったり、息子さんのサッカーの送り迎えをしたりしているそう。「楽しく運転する」を、まさに実践されていました。

正直、取材前は「運転のプロならではの特別な技術を教えてもらおう……!」という気持ちでいたのですが、お話を聞けば聞くほど大切なのは「当たり前」のことなのだと思いました。危険予測をする。自分を過信しない。そして何より、ルールを守る

当たり前のことをおろそかにせず、しっかり続ける。それこそが「運転のプロ」のやることなのだと、感じる取材でした。

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井上マサキ

著者:井上マサキ

ライター。大学卒業後、システムエンジニアとして勤務。2015年よりフリーランスのライターに。理系・エンジニア経験を強みに、企業取材やコラムなど幅広く執筆するかたわら、「路線図マニア」としてメディアにも出演。著書に『たのしい路線図』『桃太郎のきびだんごは経費で落ちるのか』など。

撮影:小野奈那子
編集:はてな編集部