こんにちは。ライターの大塚たくまです。
普段運転していると、車線変更を繰り返しながら追い抜いていく車を見かけるときがあります。
「危ないなぁ」とつぶやいてイラ立つこともありますが、少しは気持ちを理解できます。ぼくも取材時刻に遅れそうになって同じような運転をしそうになった経験があるからです。
幸い危険な状況にはなったことはないけど、運転中の「イライラ」や「焦り」は運転に影響しそうだという自覚があります。いつでも落ち着いて安全運転をするにはどうすればいいのでしょうか……?
調べてみると、なんと人間の行動特性を解明し、交通事故防止につなげる「交通心理学」という研究分野があることを知りました。
今回はその分野を研究されている大阪大学大学院の中井宏先生に、運転中に「平常心」を保つ方法を教えてもらいます。日常シーン別や日々運転をするプロ(職業ドライバー)のイライラ対処法がわかりますよ!
【お話を聞いた人】
中井宏先生:大阪大学大学院人間科学研究科准教授。交通心理学、安全教育学、人間工学が専門。交通安全や学校安全に関する心理学的研究を中心に、特に社会の安全に寄与しうる研究を進めている。
【聞き手】
大塚たくま:福岡に住む、九州を愛するライター。取材に向かう途中に渋滞に巻き込まれることがたまにある。
「焦り」や「イライラ」は運転に悪影響をおよぼす
――そもそも、交通心理学ってどんな研究なのでしょうか。
中井宏先生(以下、中井先生):「交通事故は9割以上が人の行動が原因」だと言われています。交通事故を減らすためには人間がなぜ安全性に欠ける行動をとるのか、その背景を知ることが重要なので、私はそれを研究しているんです。
――人間が安全性に欠ける行動をとる背景には、人間の心理が関係しているんですか。
中井先生:大いに関係しています。人間には感情の揺れ動きがありますよね。それによって、当然運転にも変化が現れます。感情が運転にどういう影響をおよぼすかという研究はたくさんありますが、「焦り」とか「イライラ」といった感情を持っている人が良い運転をする、という研究結果を今まで見たことがありませんね。
――やはりそうですよね……。これは運転に限った話じゃないかも。ぼくも締切ギリギリになって焦ると、どうしても雑な執筆をしやすくなります。
中井先生:誰しも経験がありますよね。運転中の感情の変化について、シミュレーターを使用した実験をしたこともあります。被験者に「前を走る車の後ろを付いていってください」とお伝えして、運転してもらう。その前の車が極端に遅いノロノロ運転なんです。
――ちょっとイライラしそうなシチュエーションですね……。
中井先生:しばらく進むと、その車が脇にそれました。そのとき、大塚さんならどうしますか?
――スピードを上げつつ、追い抜いていくかなと思います。
中井先生:実験でもその場合は「急加速する」という行動が多く見られました。これは、それまでのノロノロ運転でたまっていたフラストレーションを発散する行動だと考えられます。このような実験からも、焦りやイライラが運転に悪影響をおよぼすというのは間違いありません。
――なるほど……。ぼくはそんなことないと思っていたんですが、話を聞くと意外と実際の運転でイライラしていたのかもしれないと思い始めてきました。
中井先生:そういう方も多いですよ。私はバスの運転手やタクシードライバーなどの「職業ドライバー」の方に研修をすることがあるんですが、研修では皆さん「運転中に焦ってはいけない」と納得してくれるんです。でも、いざハンドルを握ると感情が変わってくるようなんですよ。
――どういうときに変わってくるのでしょうか。
中井先生:例えば「早く納品しないといけない」とか「乗客を定刻どおりに運ばなければならない」とか。そのようなシチュエーションだと、やっぱり「焦り」の感情は出てきやすくなりますね。
――なるほど。
中井先生:焦っていると、ただでさえスピードが早くなり、安全確認の時間も短くなります。かなり「思い切りの良い運転」になってしまって、見通しの悪い道路では一気に事故の危険性が増すわけです。それに焦っているときに割り込まれたりすると……?
――つい、カッとなってしまうかも……。
中井先生:そうなんです。平常心を失って、普段意識しているはずの安全運転ができなくなってしまいます。
運転前にけんかした、ミスをした……など状況別の対処法
――焦りやイライラが「安全運転の敵」であるということはわかったんですが、ぼくたちは人間。どうしてもそのような感情を抱えてしまうこともあると思います。そこで、ここからは日常の中で起こるシチュエーション別の対処法を教えてほしいと思います。
中井先生:かしこまりました! お答えします。
【ケース1】家族とけんかしてイライラしている
――最初は、家族とけんかしてイライラしながら車に乗り込んでしまう。こんなときです。
中井先生:これは、けんかの内容によりますね。
――えっ、けんかの内容によって対処法が変わるんですか?
中井先生:そうですね。原因がささいなことであれば、車に乗る前に深呼吸をするなどの対応をすればいいかもしれません。ただし、一朝一夕では済まないような重大な問題から起こったけんかであれば、運転中の注意力が欠如する可能性はかなり高くなります。
――運転に集中できないレベルは対応が異なるということですね。
中井先生:そうですね。そういったときは、怒りの感情を口に出したり、メモを書いたりして発散する必要があります。状況によっては運転をしない方がいいこともあります。
【ケース2】仕事でミスをして落ち込んでいる
――仕事でミスをして、めちゃくちゃ怒られた後に車に乗り込む。そんなシチュエーションです。
中井先生:これもミスの内容によりますね。「取り返しのつかないことをしてしまった」と落ち込んでいればいるほど、運転に悪影響をおよぼすと思います。そこまでのレベルでなければ、むしろ運転に全集中してミスを忘れるようにするといいと思います。
――たしかに、運転で気が紛れる方向に持っていければいいですよね。
中井先生:でも先ほどのけんかと一緒で、悩みがあまりに大きいときは、そもそも運転しない・運転させないことが大事になってきます。営業など運転することが多い場合は、職場で些細な悩みでも相談できるような環境を整備することも必要です。
――すでに運転前の感情がいかに重要なのかを思い知らされています。運転をやめた方がいいケースもあるのか……。深い悩みを抱えて運転するというのはとても危険なんですね。
中井先生:そうなんです。職業ドライバーで事故を起こした方に詳しく話を聞くと、「考え事をしていた」という人がたくさんいるんですよ。その中でも多いのは、子どもの進路や結婚生活の解消といった家族間の問題、お金の問題……。特にお金の問題は「みんなこんなに悩んでいるのか」と考えさせられるぐらいですね。
――生々しいですね……。たしかに、運転に集中できないくらい考えてしまうのは、そんな悩みかもしれません。
中井先生:目の前の道路状況に注意を割かないといけないのに、他のことに注意を向けてしまうから、運転中の「心の脇見」はとても危ないんです。
――とはいえ、問題を抱えている人に「考えないようにしましょう」と言ってもそれは無理な話ですよね。
中井先生:そのとおりです。「考えないようにしましょう」と言われると、逆に考えてしまう。なので、「考え事をしてしまっているな」と気付いたら、ちょっと車を停めて、心配事を口に出してしまうとか、何かメモ書きをするとか。悩みを吐き出すことが大事だと思います。
悩みを吐き出すのは「エクスプレッシブ・ライティング」、日本語だと「筆記開示」と訳されるストレスを軽減させる対処法です。紙に書かなくても、例えばSNSでつぶやくのも同じような効果が期待できると思われます。
――職業ドライバーの方でも「事故を起こしてしまうときは考え事をしていることが多い」ということを知っておくだけでも、ある程度効果はありそうですね。何かで頭がいっぱいになった状態で運転をするときに、その事実を思い出せば少しは冷静になれるかもしれません。
【ケース3】商談に遅刻しそうで焦っている
――次のイライラのケース紹介に移ります。商談に遅刻しそうで「ヤバい!」と焦っているときですね。
中井先生:これは可能であれば「遅れるべきでない」という状況から脱することが大事です。
――えっ、そんなこと無理じゃないですか……?
中井先生:遅れずに到着することに越したことはないんですけれど、「絶対に遅れてはダメ」ということはないと思います。渋滞をしている、交通規制がかかっている、駐車場が空いていないなど、交通状況によって遅刻は十分ありうることです。
――なるほど。そういう意味ですか。そうした状況なら遅刻しそうだと早めに連絡しておくことで、焦りの気持ちからは抜けられますね。
中井先生:もちろん、そのような状況にならないように車の運転が伴う予定は余裕を持って動くことも重要です。
【ケース4】上司が同乗していてなんだか緊張する
――これは、ぼくが平常心で運転できなくなりがちなシチュエーションですね。先輩や上司が助手席に乗る状況はなんだかドキドキします。
中井先生:むしろ運転が慎重になって、安全運転になる可能性がありますね。
――えっ、そうなんですか! 意外です。
中井先生:そのようなシチュエーションのとき、車は飛ばしますか? 飛ばしませんか?
――……飛ばさないですね。ゆっくりめに走っていると思います。
中井先生:そうでしょう。だから、安全なんです。若年男性が同世代の男性を乗せているときの方が事故は起きやすいんですよ。
車の「同乗者効果」についての研究は多く、同乗者の存在はプラスにもマイナスにも働きます。例えば、「高齢者は単独よりも同乗者がいる方が事故リスクが低い」とか、「バスは空車のときよりお客さんが乗ってるときの方が事故リスクが低い」という研究結果があります。少し心理的な不安があると、安全運転においてはプラスですね。
――安全運転につながるような「不安」って、ほかにどんなものがありますか。
中井先生:運転が苦手だと思っている人や、「怖いから交通量が多いところは避けようかな」と弱気な運転をする人は安全運転をする傾向にあります。
――運転に苦手意識を持っているというのは、安全運転の観点だといいことなんですね!
中井先生:駐車場で何回もハンドルを切り返すとか、狭い道をかなりゆっくりでしか走れないとか、運転が苦手な人はそういった経験があると思います。でも、その慎重な運転は事故にはつながらないじゃないですか?
――そう言われるとたしかに……。でも、駐車がうまくできなくて、「周りの車を待たせてはいけない」と思って焦ってしまうことはありそうです。
中井先生:そんなときは「運転が苦手だから仕方ないと、周囲もわかってくれる」と考えるようにすることが大切です。
――焦って事故を起こしたら何の意味もない、と。
中井先生:そのとおりです。本当に運転技術が心配なら、何の法にも触れませんし、ずっと初心者マークを付けていても構いません。「運転が苦手」と伝えるステッカーも売っているので、少しでも周囲からのプレッシャーを減らせるのなら、こういうのも一つの手段だと思います。
🚗「平常心」を保つ安全運転のポイント🚗
- 怒りの感情を口に出したり、メモを書いたりして発散する
- 深い悩みを抱えていて集中できないときは運転しない
- 遅刻しそうで焦ってしまうときは早めに状況を伝える
- 慎重さからくる「不安」は安全運転にとってプラスと考える
職業ドライバーはどうやって「平常心」を保っている?
――シチュエーションごとの対処方法がなんとなくわかりました! 運転中に平常心を保つ方法はほかにもありますか。
中井先生:気持ちの落ち着かせ方は本当にさまざまです。ちょっと「イライラしているな」と感じたときは、田んぼで仲良く土仕事をしている老夫婦を見てそのなれそめを考えるとか、そういうことで気分を落ち着けるという人もいます。
――犬が好きな人は、犬を見つけると気分が落ち着くかもしれませんね。
中井先生:例えば、バスの運転手は乗客が時計をチラチラ見ているのがミラー越しに見えると、焦ってしまうらしいんですね。黄信号でブレーキを踏むと、ため息をつかれることもあるらしいんですよ。ひどいときには「今のはいけたでしょ」と言ってくる人もいるとか。
――うわぁ、それは嫌ですね。
中井先生:会社側としては「遅れてもいいので、安全にお客さまをお届けするように」と指導するのですが、その場に居合わせる運転手はやはり焦ってしまうわけです。
――そんなとき、どうしているんでしょうか。
中井先生:あるドライバーの方は「いい時計を買ったのかな?」と思って、受け流すようにしているらしいです。
――……え? そんな対応方法が!
中井先生:もちろん、会社側は絶対にそんな指導はしないはずです。でも私はそんなふうに思うだけで気が済んで、平常心を保てるのならいいんじゃないかと。
――たしかに。直接お客さんに言うわけじゃないですもんね。それで落ち着くならいいかも。
中井先生:今の話のような職業ドライバーが「気分を落ち着かせる方法」を集めておくと、参考になる人も多いだろうと思って、冊子にまとめたことがあるんです。
――「運転中にイライラしないための20のアドバイス」……。面白そうですね。どれどれ……。
🚗職業ドライバーのイライラ解消法の例🚗
(「運転中にイライラしないための20のアドバイス」より)
- 家族に「安全運転がんばって」と書いてもらってダッシュボードに貼る
- 急いでいる車を見たら「出産に立ち会うために急いでいる」と思う
- 突然の割り込みは、自分がドライバーとして「試されている」と考える
- 思いどおりに進まないときは「すべては一人前になるための修行」と考える
- 理解しがたい行動をとられたときは「過去と他人は変えられない」と割り切る
- ストレスを抱えたら、仕事が終わった後に「焼き肉を食べに行く」ことを考える
中井先生:この冊子を研修でお配りして、一緒に運転中にイライラしなくなる対策を考えているんです。
――かなり具体的で、少しユーモアも感じるような内容ですね。職業ドライバーの方がこんな冊子を持って勉強するくらい、自分なりの落ち着く方法を持つことが重要なんですね。
中井先生:自分で選んだ音楽をかけるとラッシュアワーの渋滞ストレスが軽減されるといった研究もありますよ。運転中に自分のお気に入りプレイリストを流すのはイライラの緩和につながる可能性もあると思います。
※こちらの記事では、音楽が運転に与える影響について詳しく紹介しています。
免許取得後3~5年のドライバーは「慣れ」にも注意
――交通心理学を研究している先生にもう一つ聞きたいのですが、運転において「慣れ」に注意すべきだと聞いたことがあるのですが本当ですか? 早く運転に慣れた方が、平常心で運転できて良さそうに思うんですけど……。
中井先生:「慣れ」による運転意識の変化は注意すべきですね。免許を取って最初の頃は不安も強いし、少し恐怖の感情を抱えながら運転すると思います。それが、免許を取って2~3年たつと慣れてきて、その感情も薄れてきますよね。
――そうですね。免許取り立ての頃と比べると、結構違うかもしれません。
中井先生:特に免許取得して3~5年は、運転への自信が高まる時期です。私が過去に実施した調査では、運転歴が5年以上の人よりも、運転歴3〜5年の人の方が自信が高い傾向にありました。「安全運転をしていますか?」という質問に、「はい」と答える人が減少する傾向もあったんです。
――そんな研究もされているんですか! 納得感のあるデータですね。免許を取って3〜5年のドライバーって、具体的にどんな運転をする傾向にあるんでしょうか。
中井先生:端的に言えば、慎重な運転をしなくなる傾向にあります。狭い道を譲って先に行ってもらっていた人が、先に行くようになったり、周囲の車を追い越してみたり。
――あぁ……。恥ずかしいけど、自分にもそんな時期があったかもしれないです……。ちなみに交通事故も免許取得から3~5年の方が多いんですか?
中井先生:いえ、やはり事故を起こす確率は免許取得1年目が多い傾向にあります。あくまで交通安全に対する意識の話ですね。免許を取ってから3~5年目は自信過剰になりやすいので注意してほしいということです。
安全運転の第一歩は「自分の運転の弱点」を知ること
――安全運転への考え方が変わる、いいきっかけになりました。単に「安全運転をしよう」と意識するだけでなく、自分がどんなときに平常心を失ったり、安全意識が薄れたりするのかを意識することが大事そうですね。
中井先生:安全運転の第一歩は「自分の運転の弱点」を知ること。それはとても大切だと思います。
――自分の「運転の弱点」ってどうすれば気付くことができますか?
中井先生:運転の基本操作をして、「確認よりも先に操作をしてしまっていないか」を確認してみてください。例えば車をバックで入れるときに、ギアを「R」に入れて下がり始めるじゃないですか。そのときに、大抵の人は後ろや周りを見る前に下がり始めるんです。一呼吸を置いての確認ができていません。
――あー……確かに。後ろを向く前から、もう動き始めているかも……。
中井先生:家のガレージで子どもと接触する事故のニュースを見たことがある人も多いと思うのですが、主な原因がこの事象です。確認→操作の順番なのに、だんだん確認と操作を同時にして、最終的には操作をしながら確認をするようになってしまう。そんな人が非常に多いんです。
――指摘されると本当にそのとおりですね。それは気を付けなくては……。
中井先生:運転の「慣れ」でこうしたことが起こりうるので、運転教本などを読み直して「基本」に立ち返るのは大事だと思います。
──なるほど……。先生は交通安全への意識が薄れないために、普段どんな言葉でアドバイスをされていますか。
中井先生:「初心忘るべからず」とよくお伝えしています。横綱でも四股を踏むし、メジャーリーガーでも素振りはしますよね。運転だって基礎を忘れるべきではありません。
――いやあ、耳が痛い……。感情面の弱点に気付くきっかけはありますか。
中井先生:「運転してるときに、イライラすることってある?」という話を周囲の人とするといいかもしれません。自分がイライラするポイントが周囲の共感を得られなかったら、自分は短気なんだなと自覚するきっかけになると思います。
――なるほど。そうした話はあまりしたことがなかったです。ちなみに先生は運転していてイライラすることはないんですか。
中井先生:実は私はかなり短気な方で、周囲の車の運転にもよくイライラする人間です(苦笑)。
――えっ、そうなんですか。普段どんな対処をしているんですか。
中井先生:「自分の研究内容は何だ」と自分に問いかけることで、怒りを鎮めています。
――それは最強ですね(笑)。ぼくもこの記事を書いたことを忘れないようにすれば、ずっと平常心を保てるかもしれません。中井先生、今回はありがとうございました。
百戦錬磨であろう職業ドライバーの方も、運転中のイライラという問題に対し、研修をやるほど向き合っているとは驚きました。それぐらい平常心を保つということは重要なことなんですね。
みなさんも、まずはどんなときにイライラしてしまうのかを知って、「安全運転」につなげていただければと思います。
「運転のプロ」に学ぶ
イラスト:フカザワナオコ
編集:はてな編集部