高速道路でよく目にする大型トラック。長時間の長距離運転をするドライバーの皆さんは、遠方に荷物を届けるため安全運転に向き合い続けている「運転のプロ」です。
そんなトラックドライバーの方に安全運転の極意を聞いたら、休日のちょっと遠目のドライブ時に大いに参考になるのでは……?
そこで今回は、この道一筋36年の大ベテラン、四国西濃運輸松山支店に勤務する松本幸弘さんにお話を伺いました。
出発前のコンディション調整、運転中の眠気対策、夜間や渋滞時の安全運転のコツ……。真似したいポイントがたくさんありました。
【お話を聞いた人】

松本幸弘さん:四国西濃運輸松山支店に勤務。トラックドライバーとしてのキャリアは35年を超える大ベテラン。全日本トラック協会主催「第54回 全国トラックドライバー・コンテスト」(2022年)の11トン部門にて4位入賞の実績を持つ。
【聞き手】

大塚たくま:福岡に住む、九州を愛するライター。最長距離の運転は妻の実家に帰る時の福岡〜岡山間。「なんか面白い話して」と言われるので、運転席より助手席に乗っている時の方が緊張する。
――松本さんのプロフィールを見て気になることが……。「全国トラックドライバー・コンテスト」って、一体なんですか?
松本幸弘さん(以下、松本さん):全日本トラック協会が開催している全国コンテストで、以下の総得点を競います。
- 学科競技:法規・構造機能・運転常識をみる
- 実科競技:運転技能・点検動作をみる
「4トン部門」「11トン部門」「トレーラ部門」「女性部門」とありまして。私は11トン部門で4位ですね。
――4位はすごい! この大会は誰でも出場できるものではないんですよね?
松本さん:狭き門ですね。まずは会社の中で推薦を得て、その後出場した県大会で優勝すれば各都道府県トラック協会から選抜されて、全国大会に出場できるんです。
今回が最後の挑戦(編注:出場できるのは2回だけ、松本さんは初回37位)だったので、「学科競技」のために勉強したのはもちろん、「実科競技」のために難易度の高いバックスラローム(等間隔に置かれた障害物をバックで交わし、進路転換を行うこと)からの車庫入れを練習しました。1位にはなれませんでしたが、何とか4位入賞という形で結果が出て満足しています。

運転前に欠かせない“睡眠”と“道路の下調べ”
――そんなベテランでありながら研鑽を続ける松本さんに伺うんですが、トラックの運転手って、長時間運転し続けなければならないお仕事ですよね。どのくらいたくさん運転されているのかをお伺いしたいのですが……。
松本さん:1ヵ月のスケジュールはこういう感じですね。

松本さん:私はひと月に松山と神戸をだいたい10往復します。火・木で出発するスケジュールと、月・水・金で出発するスケジュールがあって、1〜2週間単位でスケジュールを組むことで、法定内で休めるスケジュールになっています。
――10往復! これはすごい……。1ヵ月のうち、こんなにたくさん運転するに当たって、いつも体調面で注意されていることはありますか?
松本さん:一番大切な体調管理はしっかりと睡眠を取ることですね。長時間になればなるほど、運転は単調になりますから、どうしても眠気がやって来そうになります。その対策としては、事前に睡眠を取っておくことに尽きます。
――やはり睡眠ですか。
松本さん:トラックドライバーは眠るのも“仕事”だと思います。
オフの時に自宅で私が眠る部屋があるんですけど、その部屋だけは昼間でも電気を消して真っ暗にしていますし、寝ている間は家族にも静かにしてもらっています。家族には本当に感謝していますが、このくらい睡眠に気を使っているということですね。
――それは手厚いサポートですね。休日にほかにやっていることはあるんですか。
松本さん:睡眠以外だと整体です。長時間座りっぱなしで運転しますので、首と肩と腰に大きな負担がかかってしまうので。
――ボディメンテナンス、大切だ……! 体のこと以外で、出発前に欠かせない準備はありますか。
松本さん:道路の下調べは重要ですね。大型トラックだと簡単にUターンができないんですよ。一本違う道路に入っただけで大変なことになります。どんどん進んで、細い道に入り込んでしまうこともありえるので……。
――恐ろしい……。松本さんはどのように下調べを行っていますか。
松本さん:トラック用のナビで事前に検索しておいて、模擬走行するようにしています。大型の場合はUターンできないだけじゃなく、地図だけでは分からないトラックが通れない道というのもありますので……。
――トラック用のナビがあるんですね。そうか、そもそもトラックが通れる道を確認しないといけないのか……。心構えが必要なんだなぁ。トラックを運転しない私たちでも、知らない道路の下調べはした方が良さそうな気がする。
🚛出発前のポイント
- しっかりと睡眠を取る
- 道路の下調べをする
運転中の睡魔対策はラジオ、飴……最後の手段は長渕剛
――ここから運転中の話も聞いていきたいのですが、運転中の休憩はどれぐらい取っているんでしょうか?
松本さん:法律では、私みたいなトラックドライバーは4時間走ったら30分休憩しないといけないと決まっているんです。私の会社では、2時間走ったら30分休憩するのが推奨されていますね。
――その30分休憩に加えて、普段、サービスエリアなどで休憩する時は、1回当たり何分ほど休憩するんでしょうか。
松本さん:10分程度ですね。
――10分! 10分って短いような。何をして過ごすのでしょう。
松本さん:ほぼ全て睡眠に使います。
――なるべく長い時間を睡眠に充てるんですね。睡眠の重要性がひしひしと伝わってきます。でも、10分の睡眠でスッキリするものですか? 余計に眠くなりませんか。
松本さん:そんなことないですよ。慣れると10分でも結構スッキリします。
――長時間運転していると、休憩を取っていても、不意に眠気が訪れそうになる瞬間があると思います。どのように気分転換や眠気対策をされていますか?
松本さん:私の場合、気分転換にはラジオです。
――ラジオですか〜!!どんなラジオを聞いているんですか?
松本さん:大阪のラジオが面白くて、笑いながら走ってますね。ラジオは友達です。ニュースも交通情報も入ってくるのでよく聞いています。
眠気対策としてはガムをかんだり、飴をなめたり……。好きな飴を必ず車に積んでいますね。それと、警告アラームが鳴ったら、ちゃんと休憩を取るということですね。
――警告アラーム?
松本さん:トラックに最初から備え付けられているドライバー用のアラームがあって。センサーが表情を読み取って、集中力が低下していると判断されると警告音が鳴ります。
――そんなものが……。自分ではまだいけるだろうと思っている時でも、アラームは鳴るものですか?
松本さん:はい、鳴りますね。かなり気合いを入れて運転している時でも鳴ることがありますから。ハンドル操作、視線などを含めた総合評価で判断しているそうです。
――やる気満々なときにアラームが鳴って、判定に不服を感じることはないんですか?
松本さん:鳴ってしまった時は素直に休憩しています。自分では大丈夫なつもりでも、アラームが鳴るということは疲れがあるんだなと。
――そこは抗うところではないですもんね。ちなみに眠気対策の“最終手段”みたいなものってあるんですか?
松本さん:好きな漫画のあらすじを思い出す遊びをすることがありますね。
――それはまた独特な……! 何の漫画のあらすじを思い出すんですか?
松本さん:『ワンピース』のセリフなどを含めたストーリーを思い出して、頭を働かせます。あとは大きな声で熱唱していますね。
――熱唱! 車内では誰も聞いていないので思い切り歌えますよね。松本さんの十八番は何でしょう?
松本さん:長渕剛さんの「勇次」です! 「勇次」が一番、気合い入るんですよ。
――いいですねぇ!! なんとなく長渕剛さんの曲なんじゃないかと思っていました。私も眠くなったら「勇次」でいきます!
🚛気分転換や眠気対策のポイント
- ラジオを聞く
- ガムや飴を用意しておく
- 漫画のあらすじを思い出す
- 大声で好きな歌を熱唱する
夜間・渋滞はランプを注視、とにかく車間距離を維持
――トラックドライバーさんだと、夜間に運転することも多いと思います。夜の運転ではどのようなことに気を付けていますか?
松本さん:前の車のテールランプやブレーキランプを注意して見ています。夜間は日中よりも危険察知が遅れるので、テールランプを見ながら車間距離を空ける。前の車のブレーキランプが点灯したら「何かあったんだな」と察して、自分もブレーキを踏んで車間距離を維持するということを意識していますね。これは夜間だけでなく渋滞の時も同じです。
――なるほど。渋滞に巻き込まれることも多いと思うんですが、渋滞とはどう付き合っていますか。
松本さん:どんなに焦っても進まないものは進まないので、もう諦めるしかありません。渋滞にハマったら気持ちを落ち着かせることが重要です。
――イライラしても、進まないものは進まないですからね。
松本さん:渋滞中で止まっている車に、車が突っ込むというケースには一番気を付けています。少しずつ動く時は追突の危険性があるので、皆さんもしっかり車間距離を取ってください。
それと、渋滞に関しては交通情報を気にすることが大切です。「この先に渋滞があるかも」と意識して走っていれば、心の準備ができているので止まれるんです。でも渋滞情報を知らないと、車が止まっているところまで来てやっと気付いて、ブレーキが間に合わずに追突してしまう可能性があるので。
――怖い。渋滞情報を気にするのは重要ですね……。渋滞が長いと到着が大幅に遅れてしまうこともあるのではないでしょうか?
松本さん:そうですね。道路状況によっては会社に連絡して、指示を仰ぎます。(2018年の)西日本豪雨の時は1日半到着が遅れたということがありました。トラックの中で一晩を明かした同僚もいましたね……。
――確かに、状況によってはそういうこともあり得ますよね。そんな状況を想定して、準備しているものはありますか。
松本さん:食料や水分はもちろん、簡易トイレも持っていっていますね。
――そうか! 簡易トイレ。運転に気を付けることはもちろん、こうした準備をしておくのも確かに重要ですね。うちの車にも置いておこう。
🚛夜間、渋滞時の運転のポイント
- 夜間は前の車のテールランプやブレーキランプを注視する
- 夜間も渋滞時も車間距離を維持する
- 渋滞にハマったら気持ちを落ち着かせる
- 道路交通情報をチェックする
- いざというときの食料や水分を用意しておく
自動車教習所で教わる「基本」を忘れない
――先ほどから「車間距離」というワードが繰り返し出ていますね。やはり「車間距離」は重要ですか。
松本さん:はい。本当に重要です! 安全な車間距離を取ることはドライバーの義務です。目安として、高速道路の場合は80km走行なら80m、100km走行なら100mという具合に速度計と同じ数字の距離を取るのがよいといわれています。夜間や雨天の時であれば、さらに広く車間距離を取らなければなりません。車間距離を取ることで、何かあっても対処が間に合い、命が救われることもありますから。
――車間距離の大切さ、松本さんが言うと説得力があります。
松本さん:荷物を積んでいるトラックは、一般の車両よりもブレーキが効くまでに時間がかかるんですよ。そのため、より一層、車間距離にも気を付ける必要がありますね。
――重い荷物を運んでいると、制動距離に差が出るんですね……。
松本さん:そもそも荷物を積んでいるので、急ブレーキをしないような運転をしなければなりません。荷物を破損する原因になってしまうので。だから、かなり慎重に運転していますね。
――そうか。事故にあっていなくても、荷物に傷がついたらダメなのか。トラックドライバー目線で一般のドライバーに伝えておきたいことはありますか。
松本さん:交差点の左折時には注意してほしいですね。まれに膨らんで曲がってくる対向車がいて、大型トラックだと「危ない! 接触する」と思うことがあるんですよ。自動車教習所では「左折の時は、交差点の側端に沿って徐行する」と教わっているはずですが……。
――そうした事故を避けるために松本さんが注意しているポイントってありますか。
松本さん:危険を察知して、何かあった時にすぐ止まれる、対応できるように準備することに尽きますね。あとは、精神を冷静に保つことも重要です。
――特別なことではなく、教習所でも教わるような基本的なことが重要になるんですね。松本さんご自身は、運転していてイライラすることはないんですか?
松本さん:私も人間ですから、運転していればイライラすることもありますし、注意力が散漫になることがないといえば嘘になります。若い頃には高速道路でヒヤリとした経験もあります。
――どんなことがあったんですか?
松本さん:高速道路を走っていたとき、トンネルの左カーブを曲がったところの走行車線に車が止まっていたんです。たまたま周りに車がいなかったので、咄嗟にハンドルを切って避けられたんですが、間一髪でした……。高速道路上は駐停車禁止なので、本来は車が止まっているはずはないんです。それ以来「油断はできない」と思って運転しています。
――大ベテランの松本さんでも、運転に対してはそういった気持ちなんですね。
松本さん:どんなに安全運転していても「絶対に事故にならない運転」はありませんから。運転する以上、そこは常に認識しておかなければならないことだと思います。
――なるほど。「100%の安全運転」は存在しないと。
松本さん:存在しません。だからこそ、まだまだ自分の運転はうまいと思っていません。これからも、技術を磨いていきたいと思っています。
――気が引き締まりました。本日はありがとうございました!
🚛安全運転のポイント
- 安全な車間距離を取る
- 危険を察知して、何かあった時にすぐ止まれるように準備する
- 精神を冷静に保つ
- 「100%の安全運転」は存在しないと認識する
「100%の安全運転は存在しない」という言葉は、衝撃でした。確かにその通りです。どんなに自分が慎重に運転していても、事故に巻き込まれることだってある。
事故やトラブルを避けるには、安全運転を怠らないように徹底する、何か起きたときに対処できるよう最大限の努力をしておくことしかできません。それは運転する者の義務であると、あらためて感じました。
松本さんほどの大ベテランですら、これからも安全な運転技術を磨くということなので、私もこれからはもっと安全運転への意識を高めていこうと思います。
編集:はてな編集部