こんにちは。ライターの大塚たくまです。
暖かい季節になり、車に乗って遊びに行く機会も増えてきましたね。ドライブのお供といえば、音楽。あなたはドライブ中にどんな音楽を聴きますか?
なんとなく、ドライブの音楽ってアップテンポな気分がアガる曲を選びがちですよね。疾走感があるロックも合う気がします。ちなみに、ぼくはB'zが好きなので、よく運転しながらB’zを聴いています。
そのときの気分に合わせて好きな曲を選んでいますが、よくよく考えると、アップテンポ過ぎる曲はスピードを出し過ぎてしまわないかとか、思い入れのある曲だと聴き入ってしまって運転に集中できないのではとか、音楽が運転に与える影響って何かしらあるのでは……? ドライブBGMの科学的な正解ってあるんでしょうか。
なんだか気になったぼくは、脳の専門家に確認することにしました。
【お話を聞いた人】
加藤俊徳先生:脳内科医・医学博士。加藤プラチナクリニック院長。株式会社「脳の学校」代表。昭和大学客員教授。音読困難を改善する脳科学音読法や機能別に脳を鍛える脳番地トレーニングの提唱者。『頭がよくなる!はじめての寝るまえ1分おんどく』(西東社)、『脳の名医が教える すごい自己肯定感』(クロスメディア・パブリッシング)、『一生頭がよくなり続ける すごい脳の使い方』(サンマーク出版)など著書・監修書多数。
- 脳の学校公式サイト:https://www.nonogakko.com
【聞き手】
大塚たくま:福岡に住む、九州を愛するライター。音楽はロックが好き。信号待ちでB’zをハイトーンで熱唱していると、窓がほのかに開いていて青ざめるのが「運転あるある」。
音楽と車の運転は密接に関係している
今回は脳内科医で株式会社「脳の学校」代表を務め、脳に関する数多くの著書で知られる加藤俊徳先生にお話を伺いました。
――今日はドライブのBGMって何がベストなの? ということをお伺いしていきたいのですが、そもそも、音楽は車の運転に影響を与えているものなのでしょうか。
加藤俊徳先生(以下、加藤先生):大いに影響がありますね。脳を介して、音楽は車の運転に影響を与えています。
――音楽が脳に影響を与え、脳が車の運転に影響を与える、ということですね。
加藤先生:そうです。脳と車の走行状態は密接に関係しています。車のスピードを上げたり、ブレーキを踏んだり、標識を確認したり。全部、脳が体に指示を出しています。
ですが、実は、それぞれの運転動作で脳の使う場所は異なっているんです。実際に脳の中には個々の働きを持った神経細胞の集まりが存在していて、私はそれを「脳番地」と呼んでいるんですね。
――それはイメージしやすい考え方ですね。確かに、アクセルを踏む時と、どこで道を曲がるかを確認している時とでは、同じ脳でも使っている場所が違うような気がする。
加藤先生:それぞれの「脳番地」で一度に処理できる量には限度があります。
集中力が必要となる運転では、各運転動作で使用する「脳番地」に余裕を持たせるため、邪魔しないことが大切になります。
例えば、初めて走行する道ではどこで曲がるのか分かりません。とっさの判断が必要になることもあるので、上の図で示した「思考系脳番地」を邪魔するような行動は控えるべきなんです。
――なるほど。そのような道では注意して運転しなければダメですよね。例えば助手席に座っている人に深刻な相談をされると、きちんと考えて答えないといけませんけど、そういうのも「思考系脳番地」を使うことになりますか。
加藤先生:その通りです。運転への集中力が途切れてしまいますよね。「思考系脳番地」を邪魔しないほど、普段から慣れ親しんでいる道を運転するのであれば、問題ないでしょうけどね。
音楽を聴くことで生まれる「思考の安定性」
――説明いただいた考え方を踏まえると、運転以外の「音楽鑑賞」という行動をとることで、「脳番地」を邪魔することになりそうな気がするんですが、そうはならないのでしょうか。
加藤先生:基本的に世界は「脳番地」の活動を邪魔することであふれています。例えば、テスト勉強をする時、勉強以外に何もしていないのに、他のことが気になることがありませんでしたか?
――ありました、ありました。部屋の片付けがしたくなったり、エアコンと一緒にカタカタ鳴る音が気になったり、外の車が気になったり。
加藤先生:それは、勉強中に「脳番地」が邪魔されているんです。
脳は暇だと余計なことをあれこれ考えたり気になったりして、そこに外部刺激が入り込んできてしまいます。音楽を聴くと「聴覚系脳番地」をある程度使うので、邪魔をするさまざまなきっかけを拾わないで済みます。
人は音楽を聴いていない時の方が、いろんなことを考えてしまう傾向にあります。音楽を聴くことで思考の安定性が生まれ、それが集中につながるという仕組みですね。
運転のシーンでも同じなんです。音楽をかけることで、聴くことに脳が一定使われ、あれこれ考えず運転に集中できるようになります。
――ぼくは学生時代、勉強中に音楽は欠かせませんでした。集中するために聴いていたのですが、なかなか親には理解されなくて。「勉強中に音楽を聴くな」と怒られてモヤモヤした思いが晴れました。
ドライブに適したBGMって、存在するの?
――ここからはいよいよドライブに最適なBGMはあるのか? ということをお伺いしていきたいのですが、運転に適した音楽は存在するんでしょうか。
加藤先生:存在します。でも、特定の「運転に向いた音楽ジャンル」というのがあるわけではありません。その人自身の音楽の嗜好やシチュエーションによってどうしても異なるのですが、ある程度、曲の選び方ということならお伝えできるかもしれません。
「聴き慣れた音楽」は集中力を高めてくれるかも
加藤先生:まず、運転中に使う脳番地を邪魔しないという意味で、聴き慣れた音楽は集中力を高めてくれると思います。それと、好きな曲は心理的な負担を取り除く効果があります。運転が苦手な人は運転自体に心理的な負担を抱えてしまって不安が脳を占めてしまいますが、好きな音楽を聴くことでポジティブな影響が期待できるかもしれません。
――ドライブに向いた音楽ジャンルや楽曲があるのかと思っていましたけど、一番は自分にとってどんな曲かという部分が大事なんですね。じゃあ、ぼくはこれまで通りB'zを聴いていたらいいのか。反対に運転しにくい音楽も存在しますか。
加藤先生:運転に向かない音楽は「運動系脳番地」を邪魔するような曲、そちらに注意力が持っていかれてしまうようなものですね。例えば歌詞の内容が気になってしまったり、好きなアーティストの新譜だったり……。
――ということは、B'zのニューアルバムを買って、すぐ車で聴くのはやめた方がいいってことですか?
加藤先生:そういうことです。頭が新曲に持っていかれちゃいますので。
――聴き慣れたものがいいんですもんね。これからニューアルバムは家でよく聴いた後にドライブに持って行こう……。
加藤先生:出たばかりのニューアルバムでも、走り慣れた道なら影響は少ないかもしれません。
――なるほど! 音楽と運転の関係性がだんだん分かってきたぞ……。
曲のテンポによって運転に与える影響は変わる
加藤先生:特定の「運転に向いた音楽ジャンル」があるわけではないとお伝えしましたが、音楽のジャンルによって脳への影響が異なるとは思います。
音楽が流れているとリズムに乗って体を動かしたくなりますよね。個人差はあるんですけども、基本的にリズムは「運動系脳番地」に影響があります。脳はリズムに連動するので、アップテンポな曲だときびきびした動きになります。アップテンポな曲には眠気を覚ますといったポジティブな影響もありますね。
逆にスローテンポな曲は興奮を抑えます。焦っている時ほどスローテンポな曲を聴くのは良いでしょうね。
――運転時にスローテンポな曲って、あまりイメージがありませんでした。眠くなりそうだし……。
加藤先生:もちろん、眠くなりそうな時はやめた方がいいです。
そうではなくて、心に余裕がない時や、交通量や信号が多い都会など冷静に落ち着いて走るべきシーンでこそ聴いてほしいですね。
ドライブ用のプレイリストをいくつか持っておくのがベスト
――いわゆる「DRIVE MIX」のようなコンピレーション盤(※ヒット曲集など特定の意図に基づいて編集されたアルバム)が売っているじゃないですか。アップテンポの曲が多く収録されているイメージですが、こういうのはどうでしょうか?
加藤先生:いついかなるドライブにも向いている、というよりは、向いているシチュエーションがあると思います。
――気分がアガるから、高速道路のような、少し眠くなりそうな時の運転には向いているのではと思ったのですが、どうなんでしょう?
加藤先生:そうですね。先ほども言ったようにアップテンポの曲を聴くと、眠気が覚めたり、気分が高揚したりするので。でも、焦っている時やイライラしている時にそういった音楽を聴くと、急かされてしまって、運転に悪影響が出る可能性があります。
――イライラしている時こそアップテンポの曲を選びがちでした。ぼくは嫌なことがあった帰りに「よーし、メタルでも聴くか」とチョイスすることが多いです……。
加藤先生:そういうときこそスローテンポな曲を聴いてほしいですね。メタルは別の日にとっておきましょう。
――今度からは会社で嫌なことがあった帰り道はメタルよりもリラックスできそうな「image」シリーズ(※ソニー・ミュージックから発売されているリラクシング・ミュージック・コンピレーション盤のシリーズ)にしてみよう。シチュエーションに合うのはメタルだけどなぁ……。
加藤先生:同じアーティストでも「眠い時用(アップテンポな曲)」と「余裕がない時用(スローテンポな曲)」の2パターンのプレイリストを持っているといいですよ。私もEnyaの楽曲を使い分けています。
――Enyaにもアップテンポな曲があるんですね。
加藤先生:あります、あります!
――B'zの場合、眠い時は「LOOSE」を聴いてアゲて、余裕がない時は「FRIENDS」を聴くとかかなぁ……。
――自分の状況にあわせてプレイリストを準備しておくようにします。世の中のドライバーがこうやって音楽で運転にアプローチをできるようになると、交通事故を減らすことも夢ではないかもしれないですね。
加藤先生:そうですね。右脳は環境に影響されて、左脳が自分自身の感情をつくります。車の中で聴く音楽を変えると左脳の感情までコントロールできる可能性があると思います。
ラジオ番組やスポーツ中継、会話はいいの?
――音楽を変えることで、自分の感情をコントロールしやすくなるんですね。
加藤先生:音が脳に与える影響で僕が自覚したのは、イライラした時に聴いた落語なんですよね。今でもよく覚えているんですが、あれは飛行機での帰り道でした。
――落語ですか!
加藤先生:友達が運転している時によく落語を聴いていたので、それをふと思い出してマネしてみたんです。CDの中の落語家は、イライラしている私のことなんて気にせず、笑わせようとしていますよね。「あれ? 今まで何を考えてたっけ?」とイライラを忘れさせてくれました。
――なるほど。ただ、落語って集中して聴かないといけないじゃないですか。先生は飛行機の中だったから落語を集中して聴けたと思うんですけど、車の運転中に聴いたら、そちらに気を取られてしまいませんか? 運転に使うべき脳番地を邪魔しないんでしょうか?
加藤先生:これも音楽と同じで、初めて運転する道で聞いたことのない演目をかけるのはふさわしくないでしょうね。通り慣れた道を運転する時や、聞き慣れた演目なら良いかと思います。
――初めての道を運転する時は、音楽も邪魔になってしまいますか?
加藤先生:いえいえ。例えば自分の分からない言語で歌われている曲にするとか、ボーカルが入っていない曲にするといいですね。あとは聴き慣れた曲なら、歌詞にいちいち頭を奪われることはないと思うので大丈夫ですよ。
――ということは、初めての道を運転する時に「ラジオ」はマズいですか?
加藤先生:そう思ってしまいますけど、ラジオって都合よく聞き流しやすいんです。興味がある時だけ耳に入れて、そうでない時はBGMになる。軽いタッチで聞きやすいんですね。
――確かに。でも、これがあの白熱したWBC決勝の野球中継のラジオ放送だと……?
加藤先生:気を取られ過ぎるので、運転には向かないかもしれませんね。その方がそこまで野球ファンではなく、BGMのように中継を聞けるならいいんですけど。
――ぼくは野球ファンなんですけど、運転中にラジオを聞いていて、サヨナラのチャンスの時なんかはいったん車を停めることもありますもんね。そういうことか……。じゃあ、運転中の会話もあまり良くないですか?
加藤先生:いえ、軽い雑談ならいいですよ。でも、あまり深刻な話や、気持ちを持っていかれるような熱い話は向かないですね。
――ハンズフリー通話をする場合、重要な仕事の電話は車を停めた方が良いですね。
運転時の気分に合わせてうまく音楽を使い分けたい
――運転時の気持ちに合わせて、音楽を使い分けられると良さそうですね。
加藤先生:運転により集中できるようにするという視点に加えて、「その後の予定に合わせてBGMを選ぶ」というのもアリですよ。例えば、次に商談が入っている時は、聴き慣れた日本語の曲で左脳にある「伝達系脳番地」を刺激できます。言葉を操る脳番地の準備体操をするようなイメージでしょうか。そうすると、営業トークのキレが良くなるかもしれません。
――スイッチを入れるわけですね。歌詞の意味の深さを感じられる音楽が良さそう。
加藤先生:逆に歌詞のないインストゥルメンタル曲や、歌詞を聴き取れない洋楽などは、音楽の内容をなんとなく想像するんですよね。こんな感じのことを歌ってるんじゃないかって。なので、言葉以上に行間を読まないといけない物事と対峙する時は、右脳にある「思考系脳番地」が刺激される音楽を聴くといいですよ。
――大切な接待の前とか、デートの前とか……ですかね。芸術鑑賞の前にも良さそう。例えば、通勤の朝と夜でも、聴く曲を変えてみてもいいですよね。朝は元気な明るい曲を入れて、夜はリラックスできる音楽を流すとか。
加藤先生:夜遅くなった時には聴き慣れた音楽で眠気を覚ますとかですね。そうやって、うまく使い分けるといいと思います。僕の場合は、根性を出さないといけない時、中島みゆきさんの「アザミ嬢のララバイ」を聴きます。歌の内容は違うけど、自分にとっては、力になる。
――この曲で根性が出るんですか。本当に人それぞれだなあ。この曲、聴いていると歌いたくなるんですけど、車の中で歌っている人いるじゃないですか。あれってどうなんですか? 運転の邪魔になりそうな気が……。
加藤先生:歌うのは自発性が高いので、覚醒度が高まりますよね。歌えるってことは、歌詞が頭に入っているってことでそんなに集中力はいらないのかなって思います。鼻歌のように、さりげなく記憶をリピートしている状態の可能性があります。
――なるほど。側からみていると「歌より運転に集中してよ」と思うんですが、本人にとってはそんなに歌に集中しているわけではないんですね。
加藤先生:周りからの見た目と本人の感覚とのギャップは大きそうですね。
――ちなみに大音量のカーオーディオで運転している人もいるじゃないですか。あれはどうでしょう?
加藤先生:音が強い方が脳への刺激は強くなります。ただし、音量に関しては主観性が高いんだと思いますね。
――大きな音に慣れている人の場合は、運転が阻害されることはないんですね。
加藤先生:クラクションやサイレンが聞こえないほどの音量はダメですが、周囲の迷惑にならない範囲なら、いいと思います。
――思った以上に本人の主観によりますね。でも、車に合う曲って、ぼくのイメージでは結構限定されていたのでかなり視野が広がりました。
加藤先生:車の空間は、自分で支配できる場所なので、それを利用して曲の選び方によって脳をコントロールしたり、楽しませたりできるということだと思います。ぜひカーオーディオでうまく脳をコントロールして、安全運転に役立ててください。
――加藤先生、今回はありがとうございました!
前はイライラしたときにそれを発散させようとメタルを聴いていたけれど、取材後は車の中で「image」や加藤先生の影響で「Enya」を聴くことが増えました。そうすることで、運転中の感情、疲れを少しコントロールできるようになりました。運転中の音楽との付き合い方にバリエーションが増えたことで、さらに音楽鑑賞を楽しめています。
ドライブといえば、アップテンポな疾走感あふれる曲だと思い込み、そんなCDばかりを車に積んでいましたが、イライラしている時には逆効果だったとは。これからは自分の気分に合わせて、うまくカーオーディオを使いこなそうと思います。
さて、今日は「image」の葉加瀬太郎に癒やされながら、帰路に着きましょうかね。
聞き手・文:大塚たくま(なかみ)
イラスト:斎藤充博
編集:はてな編集部