そばの名店はアクセスしづらい場所にある。DEEN池森さんの車で行くそば旅

大のそば好きとして知られるDEEN池森秀一さんオススメのおそば(蕎麦)屋さんを紹介。長野や北海道、佐賀など全国各地の名店を10店セレクトしていただきました。

DEENのボーカリスト・池森秀一さんは、大のそば好きとしても知られています。15年前から毎日そばを食べ続け、全国ツアーの折には地方の名店を巡るのがライフワークになっているのだとか。また、2022年には東京・赤坂に自身のお店「SOBA CAFE IKEMORI」もオープンさせています。

乾麺もプロデュースしている

今回はそんな池森さんに「車でないとアクセスしづらい」けど「一度はぜひ訪れてほしい」全国の名店10軒を教えてもらいました。中には山道をひたすら登るお店もありますが、「それでも絶対に後悔しないはず」と池森さんは激推し!

「山あいの行列店」「峠を越えた先の“そばの神”」など、感動必至の味を求めて、そば旅に出かけてみては?

【お話を聞いた人】

池森秀一さん

池森秀一さん:DEENのボーカリスト。音源制作、ライブツアー開催と精力的な活動を続けている中、昨今ではさまざまなメディア出演により「そば好きミュージシャン」として名を馳せる。全国のそばを食べ歩くのはもちろん、乾麺の蕎麦の魅力を日夜発信し、自身の名を冠した「池森そば」もプロデュース。著書に『DEEN池森秀一の365日蕎麦三昧』がある。

15年以上、毎日そば。食べても食べても全く飽きない

池森秀一さん

──池森さんは15年以上にわたって、そばを毎日食べているそうですね。きっかけは何だったのでしょうか?

池森秀一さん(以下、池森):きっかけは、筋肉を落とすためですね。

──筋肉、ですか。

池森:はい。2008年にDEENが15周年を迎えた時に、全国ツアーを乗り切るために本格的に肉体改造を始めたんです。パーソナルトレーナーについてもらって、めちゃくちゃ鍛えて。食事管理も言いつけ通りにやったら、筋肉だけで7kgくらい体重が増えました。

でも、だからといって特にステージパフォーマンスが上がったという実感もなく、逆に胸筋を鍛えることで声が硬くなってしまったんです。その時に、「おれ、どこに向かっているんだろう」と。

──それで再び絞ろうと。でも、何でそばなんですか?

池森:その時に読んでいた本に「ウエイトを落とすには、朝は野菜ジュース、昼はそば、夜は何でもいいけど、夕食から次の食事まで十分に時間を空ける」と書いてあったんです。特に、昼にかけそばかざるそばを食べるのがオススメであると。

その通りに続けてみたら、1か月で7kgの筋肉が落ちました。僕には合っていたようで、それからずっとそばを食べ続けています。

ちなみに、普段は乾麺のそばを自宅で茹でて食べていますが、もちろんお店に食べにいくこともあります。特に全国ツアーの時は、地方のおそば屋さんを回るのが楽しみの一つになりました。これまでに47都道府県を2周して、少なくとも200軒くらいは行っていると思いますよ。

──最近では池森さんがそば好きであることがかなり知れ渡ってきたと思いますが、お店の人に何か言われたりしませんか?

池森:言われますね。最初の頃なんて、お店に星を付けて格付けするのではと警戒されていたみたいです。

でも、僕は決して「そば通」ではなくて、単なる「そば好き」なんです。ただおいしく食べたいだけで、もちろん評価する気なんて全くない。メディアに出るたびにそう言い続けてきたこともあって、最近では普通に対応してもらえるようになりました。

おいしいそばは「そば畑」が頭に浮かぶ

──お店はどうやって探していますか?

池森:ネットで「地名」×「十割そば」と検索して探すことが多いです。「そば」だけだとお店が無数に出てきてしまいますが、「十割」となるとかなり絞られますから。

その上で、お店のホームページに載っている写真を見ますね。おいしいお店は、写真から訴えかけてくるものがあるんですよ。そばの写真からオーラが出ている(笑)。

あるいは、逆に全く写真を載せずに、文字情報だけにしているお店も気になりますね。言葉にするのが難しいけど、名店ほどホームページからして独特の佇まいみたいなものがあるんです。自分で何店か巡ってみると感覚がつかめてくるかもしれないですね。

「軽井沢そば匠 きこり」の公式サイトより
「名店は写真からオーラが出ている」と池森さん。このあとに紹介する「軽井沢そば匠 きこり」の公式サイトより

──では、池森さんが好きなお店の特徴があれば教えてください。

池森:そばの甘みがしっかり感じられると、心を奪われてしまいます。特に十割にこだわっているお店だと、何もつけなくても最後まで食べられるくらい強烈な甘みを感じます。時には頭の中にそば畑が浮かんでくることもありますよ。

当然、十割そばを打つような職人は、つゆにも妥協しません。ちなみに、僕は北海道出身ということもあって、醤油のパンチがきいているタイプが好みですね。もちろん甘いつゆも好きですよ。いずれにしてもつゆフェチなので、いつも残さず飲み干します。

──ちなみに、どのお店でも必ず注文するメニューはあるのでしょうか?

池森:基本は、「かけ」と「ざる」を一つずつ注文しますね。もちろん、例えば天ぷらそばが評判のお店であれば、それを頼むこともありますが、どうしても天ぷらの記憶の方が残ってしまうんですよね。僕はそば、それからつゆを記憶にとどめたいので。職人さんがかけそばに込めたつゆへの思いとかも、しっかり感じたいじゃないですか。

池森秀一さん

池森さん激推し「車で行きたいおそば屋さん」10店

──池森さんのYouTubeチャンネル「信州戸隠 池森そば 赤坂店」では、全国ツアー中に訪れたおいしいおそば屋さんがアップされています。中には山の中や峠を越えたところにあって、公共交通機関でアクセスしづらそうなお店もありますよね。

池森:そうですね。なので、基本的には車で行きます。宿泊先から車で1時間以上かかるお店もありますが、それだけの価値があるお店ばかりでしたよ。

──では、これまでに訪れたお店から、特にオススメのお店を教えていただけますか?

池森:たくさんありますが、今回は「車でのアクセス」という点を踏まえて10軒をセレクトしてみました。

どのお店もそば本来の風味や洗練されたつゆを楽しめますよ。


【1】軽井沢そば匠 きこり(長野県軽井沢町)

軽井沢そば匠 きこり

池森:おそらく、僕が最も訪れているお店です。東京から車で2時間くらいなので、ドライブにもちょうどいい距離。

こちらの田舎そばと更科そばが、とにかく絶品なんです。田舎そばは十割なんですけど、十割そばと更科そばの両方を出すお店はなかなか珍しいので、いつも両方食べますね。更科は白というより透明に近く、脳に強烈に訴えかけてくるような、そば本来のおいしさを感じられますよ。

🥢軽井沢そば匠 きこり

【2】専心庵(山梨県甲府市)

専心庵

池森:こちらでは、粗く挽いたそば、スタンダードなそば、韃靼(だったん)そばの3種類を味わうことができます。そばって、品種や挽き方によってこんなに違いが出るのかと驚きますよ。ちなみに、韃靼そばは独特の苦味が特徴です。ぜひ、食べ比べてみてください。

それから、そば湯にも特徴があります。ドロッドロで、これがおいしいんです。そば湯用に、つゆをちゃんと残しておいてくださいね。

🥢専心庵

(営業日・営業時間についてはお店に確認してください)

【3】茶織菴(さおりあん)(神奈川県鎌倉市)

茶織菴(さおりあん)

池森:僕はここのもりそばのつゆが大好きなんです。かなり甘いんですけど、濃厚な醤油の味が感じられ、だしとのバランスも素晴らしい。そばもすごく洗練されています。あとは、ネギですね。切り方に特徴があるのか、食感が普通と違う。エッジが立っているというか。

ちなみに、こちらのそば湯もドロドロ系です。『マツコの知らない世界』という番組に出演した際、マツコ・デラックスさんにも飲んでいただいたのですが、「ポタージュ」と表現されていました。つゆがおいしいから、そば湯も進むんですよ。

🥢茶織菴

【4】手造りそば 季より(茨城県牛久市)

手造りそば 季より

池森:あまりメディアで紹介したことはないのですが、ここもめちゃくちゃおいしいです。ネギがない「もりそば」は初めてで衝撃的でした。ただ、そばを食べてみると……納得! そばの甘み、香り、そしてうまみが抜群。むしろ、そばだけで食べるのもありかと思わせるおいしさでした。

旬の野菜を中心としたコースはどの料理も絶品で、僕はお昼のコース「前菜のメリーゴーランド」をいただきました。その名の通り、ワンプレートにのせられた前菜の全てがハイクオリティ。もちろん、締めのそばも最高です。

🥢手造りそば 季より

【5】手打蕎麦のたぐと(北海道札幌市)

手打蕎麦のたぐと

池森:こちらの大将は、そばに関してディテールへのこだわりがすごいです。例えば更科そばの茹で時間は16秒と、厳密に決められています。そばの種類によって茹で時間を微妙に変えているんです。もはや科学の世界ですよね。

僕のオススメは「鶏のトマトチーズつけそば」。これに衝撃を受けて、自分のお店「SOBA CAFE IKEMORI」でもトマトチーズのそばを出させてもらっています。

🥢手打蕎麦のたぐと

【6】蕎麦屋 香月(広島県広島市)

蕎麦屋 香月

池森:こちらのかけそばのつゆは、もはや神関東と関西のつゆの良いところを掛け合わせたような、絶妙なバランスなんです。さらに、九州のつゆの甘さも少し感じられる。まさに理想のつゆで、僕もあんな味を目指したいと思います。

🥢蕎麦屋 香月

【7】そば切り 岳空(大阪府大阪市)

そば切り 岳空

池森:若い夫婦が営まれている、カウンター8席だけのおしゃれできれいなお店です。メニューはもりそばのみ。昼しか営業していません。

そばは甘み、歯ごたえ、のどごしが完璧で、つゆをつけなくてもずっと食べられます。もちろん、つゆもめちゃくちゃおいしくて、しょうゆのコク、だしのうまみのバランスがこれまた完璧ですね。大阪ってそばのイメージがあまりないと思うんですけど、そんな環境の中、もりそば一本でやっているのがすごいですよね。

🥢そば切り 岳空

【8】三たてそば 長畑庵(栃木県日光市)

三たてそば 長畑庵

池森:山道と峠を抜けた先にあるおそば屋さんです。結構アクセスしづらいのに、開店時にはたくさんの車がお店の前に止まっていました。

こちらは「ひきたて、打ちたて、茹でたて」の、いわゆる、三たてのお店。それだけこだわっているのに、もりそば1枚600円と、とにかく安いんです。お客さんはみんな、3枚、4枚と平気で注文していますよ。おいしいそばをおなかいっぱい食べたい時にオススメですね。

🥢三たてそば 長畑庵

【9】手打百藝 おお西(長野県上田市)

手打百藝 おお西

池森:ここはなんといっても「発芽そば」が有名です。ぜひ一度食べてもらいたい。本当に感動しますから。発芽そばとはその名の通り、そばの実から少し芽が出た状態で、すりつぶし、そばに仕上げる。そうすると、最大級の甘みが出るそうです。

芽が出るのは夜中なので、大将は昼夜逆転の生活を送られていて、営業もお昼のみとなっています。ちなみに、他にこのそばを打てる人は「おお西」で育った弟子数人のみとのことです。

🥢手打百藝 おお西

【10】頑固そば処 里味庵(佐賀県唐津市)

頑固そば処 里味庵

池森:峠を1時間かけて登った先にあるお店です。車じゃないと、絶対に無理ですね。でも、それだけの価値は十分過ぎるほどにあります。なんせ、十割そばの最高峰と言っていいくらいのお店ですから。そばを知り尽くした大将が打つその味は、とにかく力強い。“大地”を感じるほどに、そばの味が濃いんです。

それから、いろんな食べ方を楽しめるのも面白い。4種類くらいの岩塩を自分で削って、そばにつけたり。スプレーで少量の醤油をシュッとかけることで、そばの味をより楽しめるようにしたり。いろんな工夫が凝らされていて楽しいですよ。

🥢頑固そば処 里味庵

アクセスしづらい場所にこそ名店あり

──どのお店も本当に魅力的ですし、そば屋と一口に言っても本当にいろいろなんだなと思いました。おいしいそば屋の共通点はあるんですか。

池森:全国を旅してきた僕とスタッフの間で「こんな場所にあるそば屋はうまい説」っていうのがあって。

  • 峠道を行く
  • 道中に田んぼがある
  • 近くに川が流れている

セットかもしれないけど、この3つを満たしていれば大体おいしいですよ(笑)。

──お話を伺っていて、なんとなく峠の先など行きづらい場所にあるお店ほど、個性が強くなるように感じたのですが。

池森:それはあるかもしれませんね。だって、そんなところにお店を出すなんて、普通は周囲から反対されるでしょ。「人来ないよ」って。僕が親だったら「やめとけ」って言いますもん(笑)。でも、あえてそうした場所を選ぶ人には、相当なこだわりや哲学のようなものがあるんだと思います。

実際、その哲学に惹かれて、多くの人が訪れています。かといって、特別に入りにくいわけでもない。僕が訪れたお店の多くは若いお客さんもたくさんいて、とても良い雰囲気でしたよ。

──ご紹介いただいた「長畑庵」さんも「里味庵」さんもそうですが、峠道を越えた先にお店があって、それでもお店が成り立っていること自体が、おいしいという何よりの証ですよね。

池森:そうですね。成り立っているどころか、わざわざそこ目がけて人が集まるんだから。

──ちなみに、教えていただいた10軒のうち、一番行くのが大変そうな店は?

池森:圧倒的に佐賀の「里味庵」さんですね。福岡空港から車で1時間くらいかかります。結構なワインディングロードですよ。

山の中にある里味庵
山の中にある「里味庵」


でも、そのぶん景色も最高です。お店の前から山の谷間が見えるんですが、僕が行った時にはそこに雨上がりの雲と霧がかかっていて神秘的でした。そうした絶景に出会えるのも、“そばドライブ”の楽しみの一つなんじゃないかな。

池森秀一さん

聞き手・文:榎並紀行(やじろべえ)
インタビュー写真:関口佳代
編集:はてな編集部