こんにちは、ライターの井上マサキです。
テレビCMなどで見かける自動運転、どんどん進化していませんか? 衝突の危険を察知して止まってくれたり、高速道路を手放しで運転できたり……。なんだかもう「思い描いていた未来が来ている!」という気がします。
ちなみに僕の妻はペーパードライバー。運転を怖がる妻に、何が怖いのか聞いてみると「車線変更と車庫入れと……あともう、いろいろ!」とのこと。もし、今以上に自動運転が進化したら、妻も気軽に運転ができるようになるのかな? でも、それってどれくらい実現可能なんだろう……?
そこで、自動運転技術の現在とこの先の未来像について、自動運転の専門家・下山哲平さんに話を聞きました。
【お話を聞いた人】
下山哲平さん:自動運転ラボ発行人/株式会社ストロボ代表取締役社長。2018年5月、自動車産業×デジタルトランスフォーメーションの一手として、自動運転領域メディア「自動運転ラボ」を立ち上げ、業界最大級のメディアに成長させる。講演実績も多く、あらゆる自動運転系の技術や企業の最新情報が最も集まる存在に。著書に『自動運転&MaaSビジネス参入ガイド』『“未来予測”による研究開発テーマ創出の仕方(共著)』がある。
- 公式サイト:自動運転ラボ
- Twitter:@jidountenlab
【聞き手】
井上マサキ:ライター。運転免許取得後は地元で運転していたが、上京後しばらくペーパードライバーに。子どもの誕生をきっかけに再び車に乗るようになる。首都高を走るのは今でもちょっと緊張する。
完全自動運転が実現したら、タクシーが無料になる!?
完全自動運転が実現したら、車線変更や車庫入れなども車が全部行ってくれるだろうし、うちの妻のようにペーパードライバーの人でも車に乗れるようになるのかも……?
そう思って、下山さんに疑問をぶつけてみたのだけど、早々に「もし完全な自動運転が可能になったら、そもそも運転席がいらないですね」という回答をいただきました。えっ、そうなんですか?
そうなんですよ。
無人で運転されるわけですから、運転席どころか、アクセルもハンドルもいらないでしょうね。目的地を指定したら、あとは何もしなくても運んでくれるのが自動運転の最終形態です。
最初から最後まで自動で運転してくれるなら、人間が運転する必要はない。ということは、運転席自体がいらない……確かに、言われてみればそうですね……。
下山さんは「タクシーだって、お客さんにとってはある意味 “自動運転”なんですよ」と続ける。
タクシーに乗って行き先を告げたら、あとは寝ていても目的地まで連れて行ってくれますよね。行きたい場所に移動するという目的だけであれば、運転手が運転していても、自動運転でも、お客さんにとっては関係ないはずなんです。
そうは言っても、「これが俺の自動運転だ!」とタクシーにばかり乗っていたら、お金がいくらあっても足りない。なので、みんな自家用車を運転したり、電車に乗ったりすることになる。
でも、将来もし完璧な「完全自動運転タクシー」が普及したら。お客さんは「行き先を告げたらあとは寝るだけ」なので以前とやることは変わらない。さらに、タクシー会社は無人だから人件費がかからないし、24時間365日休憩なしで稼げてしまう。ということは……。
完全無人の自動運転が実現すると、輸送コストが10分の1まで下がると言われています。東京23区などのタクシー初乗り運賃が500円(2023年8月現在)ですから、10分の1だと50円まで下がることになる。そうなれば、「運賃は無料にして、広告料で元を取ろう」と考える会社も出るかもしれませんね。
無料で行きたいところに行けてしまう……!
あれ? 自分で運転しなくていいと考えると、レンタカーやカーシェアリングもしなくていいってことですか? 自分で車を持つ必要もなくなる?
レンタカーも目的地を指定して乗るだけなので、タクシーと大きな違いはなくなります。でも完全自動運転タクシーが普及したからといって、「呼んで、迎えに来てもらう」という手間はなくなりません。「好きなときにすぐ乗れる」というニーズは、自動運転が実現しても変わらないと思います。
下山さん曰く、もっと進んだ完全無人運転だけの未来では、街で「完全自動運転タクシー」的なサービスを利用する人と、自分で自動運転車を所有する人と、大きく2つに分かれるだろうとのこと。
自分がそのどちらになったとしても、なんだか未来がガラリと変わりそうな予感がする。
完全無人運転が実現した世界は、運転免許すらいらないでしょうね(笑)。その一方で、何らかの「無人運転を管理する資格」が生まれるかもしれません。
1940年代から始まった自動運転の歴史
未来のお話に鼻息が荒くなってしまったけど、下山さんは「まだまだ先の話ですけどね」と冷静である。いったん落ち着こう。
そういえば、そもそも自動運転の技術って、いつごろから研究が始まったのだろうか。
工学博士・津川定之氏の論文「自動運転システムの60年」によれば、世界で最初に自動運転を提案したのはアメリカの自動車会社ゼネラルモーターズ(GM)だという。
GMはニューヨークの世界博覧会(1939~1940年)に、20年後の生活を描いたジオラマを展示していて、そこに自動運転もあったそう。約80年前から「自動で車を運転できたらいいなぁ」と楽をしたい人がいたことになんか安心する。
1950年代に入ると、GMなどで本体的に研究がスタート。1960年ごろには日本でも国が主体となって研究に着手した。最初に開発された自動運転は、道路に誘導ケーブルを埋め込んで、そこから外れないように車を動かす感じだったらしい。
でも、世の中の全ての道にケーブルを埋め込むのは大変なので、カメラやセンサーが導入されたり、レーダーで障害物を検出したり、さまざまな技術が開発された。
そして時は流れて2009年、Googleが自動運転開発プロジェクトを始動する。
自動運転の発展に寄与しているという点では、やはりGoogleの存在は欠かせません。Googleは今では自動運転業界の先頭を進んでいます。
それと、自動車メーカーではないGoogleがこの業界に参入したという点もインパクトが強いですね。Googleは、インターネット(モバイル回線を含む)を通じた人の行動に基づく広告マネタイズをするプラットフォーマー。そのGoogleが参入したことで、自動運転が「車」ではなく「プラットフォーム」になるという意味合いがあるんです。
その後、ディープラーニングなどのAI技術で自動運転技術は一気に加速し、スタートアップ企業もたくさんできた。競争はさらに激化し、すさまじい開発速度で今に至る。詳しくは下山さんが監修しているこちらの記事にまとまっています。
完全自動運転までどのくらい? 自動運転の現在地
自動運転の歴史はなんとなく分かったけど、今現在はどこまで開発が進んでいるんだろう? 冒頭で聞いた完全自動運転が実現する未来までは、どのくらい距離があるんだろう?
2016年には米自動車技術会(SAE)が6段階の基準を策定したんです。これがニュースでよく見る「自動運転レベル」というものですね。このSAEの基準が世界各国で最も採用されるスタンダードな概念として浸透しています。
現在は、「レベル4」の実現・実用化を目指している段階で、世界を見渡すと、限定的なエリアにおいては「レベル4」が実現していると言えるところまできています。
運転席が無人の「レベル4」からが完全自動運転
「自動運転レベル」はレベル0から5までの6段階に分かれている。レベル0は「手動運転」なので、そもそも自動じゃない。大事なのはレベル1から5である。
レベル1~2は、人が主体となった「運転支援」の領域です。今の市販車に搭載されている先進運転支援システム(ADAS)は、レベル2までのものですね。
レベル2のシステムは、車線を維持しながら前の車に付いて走る機能や高速道路での自動運転モード機能など。搭載車は既に広く市場に出回っている。
だけど、レベル2はあくまで「人が主体」で、人間の運転をお手伝いしてくれるところまで。さらに技術が進んで「システムが主体」になるのはレベル3からなのだけど……。
レベル3では、一定の条件下でシステムが全ての運転をしてくれるんですが……緊急時はドライバーが運転を代わらないといけないんです。システムが主体でも、運転席に人がいる必要があるんですよ。
「やったー自動運転だ!」とレベル3の車に乗ると、突然車から「運転を代わってください」と言われるかもしれないのだ。しかもトラブル時に。運転に慣れていても絶対「あわわ!」ってなりそう。
ちなみに、レベル3の市販車を世界で初めて発売したのはホンダ。2021年に100台限定で販売された「レジェンド」は、高速道路の渋滞時には最大時速50キロ以下の範囲で自動運転をしてくれる。それは助かりますね……。
というわけで、全てをシステムに任せられるのはレベル4から。レベル4には「特定のエリア内で」といった条件があり、レベル5はそれすらもない完全自動運転。どんな道でもOKである。レベル4からレベル5を目指すのって、結構大変なんですか……?
技術的な壁はたくさんありますが、レベル5は実質「レベル4拡大版」なんですよ。例えば、最初は「港区限定」のレベル4だったものが、東京23区限定、東京都限定、関東限定、日本全体……とエリアが広がっていったら、それはもうレベル5なんですね。
「東京23区だけ走れたら十分」というタクシー会社にとっては、「東京23区限定のレベル4」=「実質レベル5」になるわけだ。
海外では「レベル4」が実用化、一方で日本は足踏み?
自動運転レベルについて、「世界を見渡すと、限定的なエリアにおいては『レベル4』が実現している」という話だった。ということは、世界では日本より進んでいる国もある……?
海外では既にレベル4が実用化されていますね。アメリカでは、Google系のWaymoが2018年に自動運転タクシーを世界で初めて商用化して、翌年には完全無人化を実現しています。中国でも百度(Baidu)をはじめ、複数の企業が無人の自動運転タクシーを走らせていますよ。
下山さんに勧められて、中国の無人タクシーのニュース映像を見てみた。タッチパネルで行き先を指定された無人タクシーは、路肩からスムーズに発進して、車線変更し、赤信号で止まり、交差点でUターン……。
もう既に、ペーパードライバーの人なら震えるポイントを何個もクリアしているけど、運転席に人はいなくて、ハンドルだけがクルクル回っている。すごいけど、なんかちょっと怖くないですか……?
自動運転タクシーは、管制センターがリアルタイムで監視していて、緊急時には遠隔操作で安全を確保するそうです。確かに、都市部の走行なので事故の可能性は高いのですが、アメリカも中国もチャレンジを重視するスタイルなので、「走れるなら走ってしまおう」「とにかく世界で抜きんでよう」という感じなんですね。
一方、日本はというと、2023年4月に道路交通法が改正され、自動運転レベル4が解禁されたばかり。各地方自治体では、自動運転バスを中心に実証実験が続けられている。
そういえば、日本の自動運転の実証実験ってバスが中心で、タクシーはあまり聞かないような……?
そうなんです。バスは基本的に同じルートを走行するので、コントロールがしやすい。つまり、日本は「自動運転を安全に実現すること」が目的になっているんですね。一方、海外は「自動運転をビジネスにすること」が目的なので、バスよりも利益の向上が見込めるタクシーでの実証実験が中心になっています。
下山さんによると、日本の自動運転レベル4の実証実験は、運転席に人が座っている場合がほとんどだという。
本当にレベル4を試したいなら、運転席を無人にした完全自動運転をするべきなのだけど、さまざまな制約があってなかなかそうもいかない。なので「レベル4相当を実現」という言い方をしたりする。
本来はちゃんと「レベル4」の実証実験をしないといけない。ビジネス的な視点で言うと、無人で商業利用できないと開発する意味がないですから。
日本の自動運転技術のレベルは高く、実はアメリカや中国とほぼ差がありません。技術的には負けていないはずなのですが……。
自動運転で1日に1~2時間の可処分時間が増える
技術的に負けていないのなら、ぜひ日本にも頑張ってもらいたいところ。レベル4解禁でどんどん自動運転の導入が進んだら、どういうことが起こるのだろうか。
ビジネス的に考えるなら、地方より都心、バスよりタクシーの導入が理想でしょうね。レベル5の実現は相当先だとしても、例えば「六本木―渋谷間」など、タクシーのニーズが多いエリアでレベル4を始めるだけで、かなりビジネスが広がるのではと思います。まさに、海外の完全自動運転タクシーで行われているやり方です。
では、地方は自動運転の恩恵を受けられないの……というと、そんなこともない。都心よりも地方のほうが車社会なので、「車の中で過ごす時間」の方に夢が広がるのだという。
自動運転が実現されたら、車中で過ごす時間が自由になって自分の時間が生まれるわけです。自動運転では外を見る必要がなくなりますから、車内を全部スクリーンにして映画やドラマを見る、なんてこともできるかもしれません。
自分で自由に使える時間を「可処分時間」という。可処分時間、もうここしばらく減る一方じゃないですか。仕事は忙しいし、家でもやること多いし、既にある可処分時間もテレビやゲームや動画配信やSNSに使ってるし……。
でも自動運転が実現すると、急に可処分時間が1、2時間まるっと増えてしまう。わ! 自由だ! 何をしよう。
可処分時間は「お金を使う時間」でもあるので、ビジネス的にもチャンスです。車内ならではの新しいエンタメが生まれるかもしれないし、マッサージや美容エステといった市場も伸びるかもしれません。
自動運転というと、どうしても技術に目が向けられがちですが、ユーザーにとってどんなメリットが生まれるか、そしてどんなビジネスが生まれるかにも、注目してもらいたいですね。
ライフスタイルが丸ごと変わる未来
自動運転技術はレベル4(限られたエリアでの完全自動運転)まで進んでいて、海外では無人のタクシーが走っている……。まさかここまで進歩しているのかと、驚きの連続でした。
「自動運転で、誰でも車が運転できるようになるのかな」と思っていたけど、完全自動運転が実現したら、「運転しなくてもいい」選択肢を持つことになるんですね。移動の形が変われば、ビジネスも、時間の過ごし方も変わってしまう。ライフスタイルが丸ごと変わる可能性があるとは……!
そんな未来が、生きているうちにくるのかな。そうしたら、自分が「運転ができる最後の人類」になるかもしれない。
そう思うと、ハンドルを握る手にもなんだか力が入るのでした。
イラスト:斎藤充博
編集:はてな編集部