こんにちは。ライターの藤堂真衣と申します。
実は私、運転免許を持っていません。ずっと最寄り駅から徒歩圏内で育ち、結婚後も東京で駅近在住。「車が必要」と感じる機会がないまま過ごしてきました。
子どもが生まれてからは、「運転できたら便利だろうな」と思うこともありますが、やっぱり運転は怖い! 車に同乗するたび、標識や車線の情報を瞬時に判断するドライバーは「特殊能力の持ち主なのでは……」と思ってしまいます。
そんな私が今回お話を伺ったのは、主婦が免許取得を目指す漫画『みっしょん!!』を描かれている入江喜和さん。入江さんはなんと50代で運転免許の取得を決意し、実行されたそう。すごい!!! その体験は作品にも反映されています。
50代での運転免許チャレンジ、不安はなかったですか? 車の運転、怖くないですか? 気になる疑問や「車のある生活」について詳しく伺いました!
【お話を聞いた人】

入江喜和(いりえ・きわ)さん:漫画家。代表作に『のんちゃんのり弁』『たそがれたかこ』(ともに講談社)など。講談社の漫画誌『BE・LOVE』で連載していた『ゆりあ先生の赤い糸』は第45回講談社漫画賞総合部門、第27回手塚治虫文化賞などを受賞し、ドラマ化もされた話題作。現在、『みっしょん!!』を連載中。
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【聞き手】

藤堂真衣(とうどう・まい):漫画やアニメ好きのライター。大阪生まれ大阪育ちで、ずっと最寄り駅まで歩いて5~15分圏内に住んできた。タイミングも逃してしまったし、教習所に通うのも大変そうだし……と、言い訳をしながら、免許のない生活を過ごしている。
自分自身が行き詰まっていたタイミングで免許取得を決意
──運転免許というと、高校卒業後や20代あたりで取得する人が多いイメージがあります。入江さんは20代の頃、運転免許取得や車の所有についてはどのように考えていましたか。
入江喜和さん(以下、入江):全く興味がなかったんです。当時はバブル期で、周りに車を持っている人もたくさんいましたよ。でも、ゴルフだ、ドライブだ、ボディコンだ、といったいかにもバブルらしい生活とは真逆のタイプだったので、車に乗っている人は「あちら側の人」と感じていました。
──私は運転免許を持っていなくて、「車があれば便利だろうな」と思うこともあるのですが、入江さんはいかがでしたか。
入江:もちろん同じように感じることはありました。子どもが生まれてからは、習い事の送り迎えや遠征で車を使っている方が多かったですし、遠方まで電車で連れていくのは大変だなと思うことも。ただ、電車組の子どもたちを引率するのも、それはそれで楽しかった。
だから、「乗れるんだ、いいな」と思ったことはあるけれど、うらやましいとか「自分も運転したい」と感じたことはなかったんです。車は移動手段の一つであって、それ以上の価値を感じていなかったのかも。
──そんな入江さんが、50代にして運転免許の取得を決意したのには、どんなきっかけがあったのでしょう。
入江:一つのきっかけは、コロナ禍で移動手段が限られるようになったことです。当時は認知症の母を自宅で介護していましたが、母は足腰もかなり弱ってきて歩いての外出も難しくなってしまって……。
タクシーを使うときにも「前に乗っていた人が感染していたら……」と、考え出すとキリがなくて、とても神経質になっていました。周りで車での移動にシフトする人も増えましたし。そんな流れの中で、「自分も車が使えたら、母を連れて出かけるのも自由度が上がりそう」だと感じたんです。
それから、もう一つのきっかけは、自分自身が行き詰まっていたからかもしれません。
──行き詰まっていた?
入江:以前も免許の取得は思い浮かんだことがあったのですが、私の性格をよく知る友人に「絶対にやめて!」と強く止められて……。
実は自転車も20代になってから乗れるようになったくらい運動も苦手で、判断が遅いというか。運転には向いていないなとは自分でも思っていました。
でも家でじっと耐えている生活が本当に嫌になっていたんでしょうか。ある日、「免許を取ろう」と。
それから、当時BSで放送されていた番組を見て旧車(※過去に製造された自動車のこと。明確な定義はない)に憧れたことも、マニュアルにチャレンジした一つの理由になったと思います。
アシスタントの旦那さんが旧車好きというのを聞いていて、「車が趣味ってどんな世界なのかしら」と興味本位で見ているうちにどんどんハマってしまいました。
── 周囲の方の反応はどうでしたか?
入江:家族や友人は、ほとんど「やめた方がいい」と言いましたね。
ただ私の決意は変わらなかったので、夫が条件を出したんです。「あなたの場合、事故を起こすとしたらアクセルとブレーキの踏み間違いのリスクが一番大きいと思う。マニュアル(MT)車なら間違えてもエンストするので、動くことはない。マニュアル免許ならとってもいいのでは」と言い出して。
私は車の種類も仕組みもまだ何もわかっていない状態だったので、「わかった、マニュアルで取る!」と宣言してしまい、あとからオートマ(AT)車との違いを知って「こんなに違うの……?」と不安になりました(笑)。
それでも免許をとりましたし、今、漫画にも描いているくらい。人生、何が起こるかわからないものですね。
9ヵ月、50回に及んだ教習所通い。運転して知った新しい世界
──教習所には、いつごろから通われましたか。
入江:2021年の1月に申し込みに行きましたが、通う人が多い時期と重なっていたため実際の教習は3月からになりました。思い起こすと、通う前のこの期間が一番ワクワクしていたかもしれません。
──お仕事やお母さまの介護など、時間をつくるのも難しかったのでは……。通われた期間はどのくらいでしたか。
入江:約9ヵ月かかりました。母に留守番をさせることはできないので、週に2回デイサービスに行く日に合わせて教習のスケジュールを組みました。ただ、マニュアル車の免許を目指すなら、本当はもっと頻繁に通って技術を体に覚えさせた方がいいとは言われましたね。
それでも1回の教習で2時間は乗るようにして、帰りは母を迎えに行って……。教習所の日は帰宅すると、しばらく動けなくなるくらいには疲れていました。
──初めて車を運転したときのことは、覚えていますか。
入江:初めての技能教習で、とても厳しい教官に出会ってしまったんです。ミスや危険な運転をしたわけでもないのに萎縮してしまって、もうその1時間で「やめておけばよかった」と気持ちが落ち込んでしまって……。
運転というものは自分のイメージとは全然違っていて、「こんなに怖いんだ」という気持ちが一番強かったです。
──やっぱり恐怖心はありますよね……。皆さんそれを克服していくんですね。
入江:とにかく初回はエンストしてばかりであわててしまい、気持ちもいっぱいいっぱい。帰り道に食べたあんぱんの味もわからないくらいでした。
他にも、技能教習では何人かが1台に乗り合わせて走る時間があり、そこで若い男性が教官からめちゃめちゃ厳しく指導されたことも。すごい剣幕だったので、後ろに座っている私の方が飛びあがったくらい。
運転を交代するときには彼に「全然大丈夫、できてたよ! 私の方ができてないから大丈夫!」と“おばちゃんムーブ”ではげましたりして。一方で、「注意されたり叱られたりするのは私だけじゃないんだ」と少し気持ちが軽くなったのを覚えています。
今思うと、そうやって厳しく指摘されたことの方がしっかりと頭に入っていることが多いですね。例えばそのとき彼が起こしたミスは「交差点内でフリーズしてしまう」でしたが、現在も交差点を通るたび「不要な停止はしない」と心の中で言い聞かせています。
──私からすると、免許を持っていない人と持っている人の間には「越えられない壁」があるように感じています。入江さんも最初はとても苦労されていたと思いますが、それでも「できるかも!」と思えた出来事はありますか。
入江:自分の得意な運転を見つけたことでしょうか。とにかくスピードを出すのが苦手だったのですが、曲がりくねった細い道をゆっくり進む「狭路の通行」だけはすんなりできたんです。
狭路は慎重さが求められますが、「ずっと低速の1速(※マニュアル車のギアで一番速度が遅く、一番力強い)でいいなら楽勝!」と思えましたね。自分にもできるところがあることがわかると「他のこともできるかも」って。
それに、路上に初めて出たときのことは印象に残っています。運転席から見える道や空が教習所内のコースよりも格段に広くて、走るのが楽しいと思えたんです。

──約9ヵ月、50回に及ぶ教習所通いを経て、無事に免許を取得されたとのこと。教習所の日々を振り返って、運転技術や知識以外に今につながっていることはありますか。
入江:私はずっと無理するのが嫌いで、白黒をつけることも苦手でした。「はっきりさせられることばかりじゃないし」と思って生きてきましたが、運転はそうはいかない場面が多いんですよね。「行くか、行かないか」という判断を瞬時に下すことの連続で、大げさかもしれませんが、それが命にかかわってくる。
これまでは何事もじっくりと考えて判断するようにしてきましたが、自分が即座に決めないといけない場面があることは、運転免許取得にチャレンジしたことで知った新しい世界だったと思います。
運転免許を取る前と後で「怖さの質」が変わった

──車に乗ることを想像したときに浮かぶのは「怖い」という気持ちなのですが、入江さんは免許を取る前と後で恐怖心は和らぎましたか。
入江:怖い気持ちは変わらずありますが、「怖さの質」が変わったという感じです。
──質、ですか?
入江:免許を取る前や教習所に通い始めた当初は、自分が車という大きなものを動かすこと自体が怖くてたまりませんでした。操作に慣れていなかったこともあって、どこに進んでしまうかわからない、という不安や怖さでしたね。
免許を取ってからは、車を運転することへの「責任」に対しての怖さの方が強いです。例えば交通事故を起こしてしまわないか、とか。事故に至らなくても「ヒヤリハット」のような小さな失敗など、何か起こるたびにドキドキしています。
周囲の人は「もっとドンと構えていいよ」と言ってくれますが、それができるならこの年まで無免許じゃなかったよ!って(笑)。
──安全運転のために心がけていることはありますか。
入江:乗る前に「事故を起こしませんように」と祈っています。それから、出発時や降車時の点検は指差しと声出しで必ず行うようにしています。
あと、車は新車にしたんです。最初は「どうせぶつけるし……」と中古車を検討していたんですが、「むしろ新車ならぶつけないように慎重になれるかも」と考えて変更しました。コンパクトな車体で「これなら私も運転できそう」と思えた車を選びました。
ゆるやかに、無理なく運転を楽しむ日々
──現在、車にはどのくらいの頻度で、どのような用途で乗っていますか。
入江:母の通院の送迎などに使おうと思っていたのですが、納車を待っているうちに母の施設入所が決まってしまい……。結局、母を乗せたのは買い物に連れて出た数回だけになってしまいましたね。私は長距離の運転にまだ不慣れなので、母のいる施設へ面会に行くときは、夫が運転してくれています。
免許を取ったのは「母のため」も少なからずあったので、あまり乗せられず残念な気持ちはありますが、面会に行くと「車で来たの?」と言ってくれることもあって、「あぁ、覚えてくれているんだな」と感じる場面もあります。目立つ色の車なので「変な色!」と言われたこともあるのですが(笑)。
それ以外では、自分が病院に行くときや、普段の買い物なんかに使っています。
──車のある生活のメリットや運転の楽しさを感じる瞬間はありますか。
入江:多くの人にとっては雨の日の運転は憂うつかもしれませんが、私はゆっくり運転できるし濡れないし、「幸せだなぁ」と感じることも多いですね。
近くのお店に買い物に行くくらいでも乗れると「良かった」と思うし、乗り降りのたびに「よろしくね」「今日もありがとうね」と車に声をかけています。なんだか、動物を飼っているような感覚かもしれません。
ただ、漫画のストーリーを集中して考えている期間は頭の切り替えが難しいので、運転をしないようにしています。仕事のタイミングでは月に2回くらいしか乗れないようなこともありますが、やっぱり運転自体は楽しいと思えることも増えました。
──運転免許を取得して、入江さんの生活や気持ちはどのように変化しましたか。
入江:「世界が広がった」というと大げさかもしれませんが、一人で車で出かける勇気を出せるようになりました。今まではそういう力をあまり出さず、無理しないように過ごしてきたのですが、「やりたいと思ったことをやってもいいんだ!」と思えたのは大きな変化だと思います。
──ドライブで「ここに行ってみたいな」という夢や目標はありますか。
入江:出版社の編集さんには「会社まで車で来てください!」「いつまでも近所を走っているだけじゃダメですよ」とずっと言われています。そうはいっても交通量の多い道があるので「無理です!」って。
いつかは私の運転で高級ホテルに行ってそこのラウンジでお茶をする、という話も出ていますね。もう今の人生では無理なので、来世に期待したいです(笑)。
──生まれ変わったら免許も取り直しですね(笑)。
入江:そうなったら20才くらいで免許を取りたいです! 今はもっと早く取っておけばよかったと思っているんですよ。若いうちならもっと思い切った場所にも行けただろうし、大型免許を取得して例えばトラックを運転するとか、いろんなチャレンジができたのかもって。
──すごい心境の変化ですね!
免許を取得したことで、次の挑戦へのハードルが下がった
──連載中の『みっしょん!!』でも、免許取得への一歩を踏み出した主人公・未知さんの姿が印象的です。どのような思いを込めて作品を描かれているのでしょうか。
入江:この作品は、私の実体験がベースになっています。教習所ではいろいろなことがありましたし、その整理も兼ねて描いている部分も大きいです。
思い起こすと、私はやっぱり教習所が楽しかったんだなと思うんですよね。この年であんなに指導されることはきっとないだろうし、あんなに勉強する機会もなかった。一生懸命になれることの一つだったなと感じています。
叱られてうまくいかなくて落ち込んだり、ちょっと褒められていい気分になったり、元気をもらったり。いろいろな気持ちの変化って、教習所に行ってなかったら得られなかったものなんですよね。
──免許を取るか、取らないか悩んでいたり、入江さんと同じように介護をきっかけに免許を取ろうと考えている方もいます。
入江:あのときの私と同じような状況で行き詰まりを感じている人がいたら、新しいチャレンジを心から応援したいです。
私自身、教習所に通っていて「ダメかも」と弱気になっていたときには、夫や周囲の人から「ダメでもいいんじゃない? ダメだったってわかるだけでもいいと思うよ」と声をかけてもらったりもして。私はそこで「お金もかけたのにダメでたまるかー!」と奮い立ったのですが(笑)。
本当にやりたいならやってみて、結果的にダメでもいい。私の場合はそのチャレンジが「免許を取ろう」でしたが、皆さんのやってみたいことでいいんですよ。免許取得に関していえば、「今ならできそう」「取りたい」と思ったときに挑戦してみてもいいと思います。
私はまだ近場を走ることしかできていませんが、地図を見て「このルートなら行けそう」と少し長い距離に挑戦する日がありますし、自分の心の声に従って運転してもいいのかなって。
高速道路を一人で運転することと、スイスイ車線変更できるようになることが、現在のハードルが高い夢です(笑)。
50代での運転免許取得への挑戦は、やはり苦労もあったものの、入江さんの人生にとって意義のあることだったように感じられました。
免許取得がゴールではなく、「少し遠くに行ってみようかな」「次はこれをやってみたいな」と、入江さんの次のチャレンジへのハードルを下げているような気も。「生まれ変わったら20才で免許を取る!」なんて、とても意外でした!
もともと「あちら側」と感じていた車のある生活を実際に経験したことで、世界が広がったという入江さんのお話を聞いて、優雅にハンドルを切る自分の姿を想像してみると「運転、アリかも……」と思えてきてしまう取材でした。
免許取得や脱ペーパードライバーの体験記
撮影:曽我美芽
編集:はてな編集部