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もしも、メロスが 太宰 治「走れメロス」より |
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メロスは激怒した。真夏の蒸し暑さの中、駅に向かい走りながら、メロスの頭は愚痴でいっぱいだった。あの上司とは、どうも反りが合わない。取引先の終業時間までに書類を届けろとか、こんなギリギリの時間になって平気で言うし。取引先までは電車を乗り継いでも1時間近くはかかる。他にバイク便とか手もあるだろうに。 |
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大汗をかきながらようやく着いた駅には、なぜか人がごった返していた。メロスの脳裏に悪い予感が走った。そして案の定、予感は的中した。始まりかけた帰宅ラッシュに追い討ちをかけるように、事故で電車が止まっていたのである。どうする自分?メロスは素早くスマートフォンを鞄から取り出し、アプリで別ルートを検索、さらに500mほど先の駅まで走り、別路線に乗り換え、やや遠回りながらも目的地へたどり着く方法を選択した。急げ、ともかくさっさとこの用事を済ませよう。そして数時間後には余裕で彼女と美味しい食事だ! |
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目指す駅へと慌てて走りながら、一方でメロスの胸中には、上司から託された書類の存在に疑問が浮かんでいた。一体、それほど急を要する書類って、あるものだろうか?そもそも、大事な用件なら一刻も早く電話やメールで伝えないか?それに、終業時間までに届けろということは、別の言い方をすれば、明日の朝一番に届いていれば問題ない、ということでもあるのではないか? |
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思いもかけず早い帰社が叶い、彼女とのデートでは充実の時間を過ごしたメロス。ほろ酔いの上機嫌で一人帰宅し、テレビをつけると、ちょうど野球ナイターが終盤を迎えるところだった。ん?と、画面を見やったメロスは、息を呑んだ。 |
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バッターボックスのその向こう、ネット裏の正面席に、見覚えのある顔が映ったのである。驚くことに、そこにはあの上司が一人、苦虫を潰した顔で座っている。しかも、その隣はポッカリと不気味な空席だ。次の瞬間、メロスは思わず叫んだ「まさか!ちょっと待て、もしかして、あの書類の中身って」慌てて明日朝一番で届ける予定の紙封筒を掴むと、はずみで中から幾枚かの書類と共に、小さな紙片が1枚、ヒラヒラと床にこぼれ落ちた。 |
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サラリーマン生活は長いのです。軽率短慮は慎んで、油断は程々に。。 |
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※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 |