日本代表選手が集まる中で、キャプテンを務める

オリンピックや世界選手権など、トップレベルの大会での活躍を目標とし、これまで数々の世界チャンピオンを輩出してきた女子柔道部。日本代表選手が数多く在籍する中で、現在キャプテンを務めているのが中村美里選手です。

中村選手は、高校時代からすでに世界トップレベルの柔道家として多くの実績を残しており、入社後も世界選手権やアジア大会などで金メダルを獲得するなど、数多くの大会で好成績を収めてきました。

そんな中村選手に、女子柔道部の印象を尋ねたところ、次のような答えが返ってきました。

中村

「上下関係がなく、誰もがフランクに接することができることが魅力です。あまり自分から意見を発するタイプではありませんが、後輩から質問されれば、自分の経験や先輩から教わったことなどを活かして、できる限りアドバイスをするようにしています。恵まれた環境で柔道ができることに感謝しています」

また、社会人として働くようになって、柔道に対する意識も変わったといいます。学生時代はコーチのアドバイスを聞きながら、無我夢中で柔道に取り組んでいましたが、今では練習や試合後に自分の柔道を分析し、反省点を洗い出したり対策を練ったりするそうです。まさに「プロの柔道家」になったということでしょう。

順風満帆だった柔の道に、立ちはだかった左ひざのケガ

しかし、そんな順風満帆だった中村選手の前に立ちはだかったのが、2009年7月の日本代表合宿で負ってしまった左ひざ前十字じん帯の損傷というケガでした。

「ケガをしてしまったものは仕方がない。これからはケガとうまく付き合いながら柔道をやっていこうと前向きな気持ちで考えた」という中村選手は、直後の2009年世界選手権で金メダルを獲得。国際柔道連盟の世界ランキングで1位となりました。ケガの影響を感じさせない見事な勝ちっぷりを見せてくれましたが、本人はその試合内容に満足できなかったといいます。

中村

「結果は出せましたが、ケガのせいで試合内容に不満が残り、もどかしさを感じました。ケガをしながら柔道をする環境に、早く慣れるしかないと思いましたね。ケガをしていると、どうしてもその付近の筋肉量が減ってしまうので、それからは左ひざの周辺を集中的にトレーニングするようにしました」

こうした左ひざをカバーするトレーニングにより、ケガの影響を最小限に抑えるよう努めた中村選手。続くワールドマスターズ2010や全日本選抜柔道体重別選手権、グランドスラム大会でも優勝し、世界王者としての地位を盤石なものにしました。

長期療養期間にも焦りや不安はなく、むしろ新しい発見ができた

世界のトップ柔道家の1人となった中村選手ですが、まだ手にしていない栄冠があります。それが、オリンピックでの金メダルです。2008年の北京オリンピックでは惜しくも銅メダル。雪辱を期して挑んだ2012年のロンドンオリンピックでは、無念の初戦敗退を喫してしまいました。

このロンドンでの悔しい結果を受けて、以前から苦しめられてきた左ひざ前十字じん帯の再建手術に踏み切りました。その後、手術から約1年後の2013年11月、復帰戦となる講道館杯では優勝を飾りましたが、手術をした個所のボルトがずれて炎症が起き、水がたまってしまったため、再手術でボルトを除去。そこから約3カ月のリハビリ期間を経て、2014年に入りようやく練習を段階的に再開しました。

中村

「こんなに長いあいだ柔道から離れたことは、初めてでした。しかし、リハビリ期間中に同じようなケガをした他競技の選手の話を聞いたり、柔道以外のさまざまな競技を観戦したりする時間を持つことができたおかげで、焦りや不安よりも、新鮮な気持ちになることができました。新しい経験を通じて、アスリートとして視野を広げることができたと思います」

また、当社では、選手も午前中は所属部署で通常業務に就きます。柔道以外の環境から得られる経験もまた、中村選手の視野を広げる助けになったことでしょう。こうした気持ちの切り替えが、あらためて2016年のリオデジャネイロオリンピックを目指す推進力となりました。

オリンピックの悔しさを晴らせる舞台は、オリンピックだけ

中村

「どの大会でも、試合に臨むときの気持ちは一緒です。しかし、オリンピックは世界中の注目をあびる最高の舞台なので、勝ちたいという気持ちはより大きくなります」

そんな中村選手が目標とするのは、リオデジャネイロオリンピックでの金メダル獲得。ケガを乗り越えた強い精神力の持ち主とはいえ、世界中の並み居る強豪選手たちに全て勝つことは、容易な挑戦ではありません。それでも中村選手は、オリンピックにかける意気込みについて力強く答えてくれました。

中村

「オリンピックの悔しさは、オリンピックでしか挽回できませんから。しかし、過去の雪辱を晴らすために出場するというよりも、オリンピックは新しい挑戦であると思っています」

まずは、リオデジャネイロオリンピックの前哨戦となる今年の世界選手権で、結果を出すことが求められます。取材の最後に中村選手が語った将来像「大勢の人に憧れてもらえるような柔道家」になるためにも、今後の活躍に期待が膨らみます。

2015年7月